2010年10月25日

●『無機成因説』の信憑性(EJ第2311号)

 「石油とは何か」――実はこの基本的なことが現在でもわかっ
てはいないのです。石油は一般的には「化石燃料」といわれます
が、化石燃料とは、古代の動物や微生物の屍骸が変質して、石油
に変化したもの――そこから化石燃料というのです。
 地中奥深く行けば行くほど、マントル層の熱を受けやすくなる
ので、屍骸に高熱が加えられ、そこに地殻の重みも加わって、強
い圧力がかかるのです。この高温と高圧によって屍骸が変質して
石油になるというわけです。
 しかし、石油には、次の2つの説があり、科学的にどちらが正
しいか、結論が出ていないのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.生物由来説
          2.無機成因説
―――――――――――――――――――――――――――――
 科学的には「生物由来説」で決まりなのですが、それを裏付け
る証拠というか、根拠は意外に弱いのです。
 ジョージ・メイソン大学のロバート・アーリック教授が上げる
「生物由来説」の根拠を示しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.石油の成分には生物由来の炭化水素が含まれていること
 2.しばしば「光学活性」を示し、生物が取り込みやすい回
   転方向の分子が多く混入している
 3.生物が取り込みやすい奇数の数を持つ炭素化合物が多い
―――――――――――――――――――――――――――――
 それぞれが専門的な根拠なので、あえて説明は省略しませんが
「生物由来説」を裏付けるというほど決定的な根拠とはいえない
ように思います。
 これに対して「無機成因説」の根拠は実にたくさんあります。
コーネル大学のトマス・ゴールド教授の意見を基に他の意見を加
えて列挙すると次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.採掘してしまった油田から石油が再び同量まで自然に回
   復することがある
 2.地域により石油成分は大きく変わるはずだが、一定成分
   に落ち着いている
 3.生物起源では説明つかぬ成分の含有、地殻深部の石油に
   生物の痕跡がない
 5.生物が生息していた特定地層だけでなく、どんな深さに
   も炭化水素がある
 6.本来生物活動とは関係のない花崗岩の隙間に石油がある
   という事実がある
 7.ペルシャ湾の油田分布を見るとプレート境界に沿って線
   上に配列している
 8.石油中にはダイヤモンドの微粒子が含有――ダイヤンモ
   ンドは無機物由来
     http://www.bekkoame.ne.jp/~mineki/petroleum.htm
―――――――――――――――――――――――――――――
 「無機成因説」は、もともと地球深部に大量に存在する炭化水
素が、地殻の断裂を通じて地表に向けて上昇し、油田を形成した
ものと考える説です。
 地球の深部から地表に上昇してくるプロセスにおいて動物の屍
骸を巻き込んだとすれば、「無機成因説」で「生物由来説」の説
明もできてしまうことになります。
 実は、最近「無機成因説」を裏付ける数々の事実や現象が続出
しているので、その1つが「生物由来説」では探鉱対象になり得
ない地点――深さが5千メートル以上のところで、相次いで発見
された油ガス田の存在です。
 堆積盆地を掘り進んだ基盤岩の内部に垂直方向に広がる油田、
基盤岩が地表まで盛り上がった「楯状地」で発見された油田など
いわゆる「基盤岩油田」は世界で450以上も商業化されている
のです。
 米国科学アカデミーが2004年9月に発表した興味ある論文
があります。その論文は、人工ダイヤモンドで密閉した微少な空
間に方解石、ウスタイト、水という地殻に豊富に存在する物質を
入れ、上部のマントルに相当する高温高圧条件下に置いたところ
容易に油ガスが生成されたというのです。生物が関与せず、水と
岩石の反応だけで生成されることを実証したという内容です。
 最近になって新規発見油田に目を向けると、かつて探鉱が困難
であった大水深部――西アフリカ、ブラジル、メキシコ湾、東南
アジアにおける水深500〜2000メートルの大陸棚の斜面で
近年数億バレル規模の大油田が極めて高い成功率で次々と発見さ
れているほか、カザフスタンのカシャガン油田やイランのアザデ
ガン油田など、1980年代に発見されなかったような超巨大油
田も新たに発見されているのです。
 さらに、ベトナム沖では、これまで主な探鉱対象とみなされて
いなかった花崗岩質基盤岩を対象とする探鉱が近年活発化し、大
規模油ガス田の発見が相次いでいます。このように、探鉱最前線
では次々と新たな地質プレイ――従来試みられなかった、新しい
地質概念に基づく探鉱対象にチャレンジする姿が見られ、発見効
率が向上しているのです。
 これだけの根拠があるのに、「無機成因説」は科学的には一顧
だにされていないのです。AとBという2つの説があって、A、
すなわち「生物由来説」ですべてが説明できない状態にあるのに
もうひとつの説であるB、すなわち「無機成因説」をなぜ積極的
に解明しないのでしょうか。
 日本の学界にはこういうことがよくあるのです。まして日本は
資源が乏しい国といわれているのですから、騙されたと思って予
算を付けて、「無機成因説」を本気で研究してみるべきではない
でしょうか。案外日本列島の下からとんでもない油田が眠ってい
るかも知れないのです。     ―― [石油危機を読む/22]


≪画像および関連情報≫
 ●原油無機起源説に脚光か/電気新聞より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「石油・天然ガスは地球内部で無機的に生成され続ける」と
  する無機起源説を見直す動きが出始めている。従来の有機起
  源説では説明が難しい油ガス田の発見が世界各地で相次いだ
  ことに加え、米国科学アカデミーが上部マントルを再現した
  環境で無機的に油ガスを生成する実験に成功するなど、妥当
  性を裏付けるような事実が明らかになってきたためだ。仮に
  妥当ならば資源量は無限に近く、エネルギー情勢、世界経済
  は劇的に変わる。日本エネルギー経済研究所総合戦略ユニッ
  トの中島敬史・主任研究員は「資源開発の可能性が格段に広
  がる。常識にとらわれないオープンな議論を」と話す。
http://www.shimbun.denki.or.jp/backnum/news/20050715.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

製油所の風景.jpg
製油所の風景
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月22日

●『ピーク・オイル論』と原油価格(EJ第2310号)

 1956年のことです。石油会社シェルに在籍していた構造地
質学者のM・キング・ハバートは、次の予告をしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
    米国の石油生産のピークが1970年に来る
            ――M・キング・ハバート
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油というものが有限の資源であることは誰でも知っているこ
とです。いつか石油の生産量はピークに達し、その後減少に向か
うということも理解できます。ハバートは米国の場合、そのピー
クが1970年に来ると予告したのです。これはその後「ピーク
・オイル論」といわれ、世界中で論議を呼ぶことになります。
 ハバートはこう考えたのです。規模の大きい、地表近くの見つ
かりやすい油田は発見しやすいので、すでに発見されてしまって
おり、残りの油田は発見に時間がかかるうえに規模は小さくなる
――と。大規模油田がこれから発見される可能性はきわめて低い
ので、1970年ごろから下降線をたどると予測したのです。
 米国には1万4000以上の油田がありますが、そのうちの大
規模な100程度の油田が総産出量の約3分の2を占めているの
です。このような大規模油田は長期にわたって安定した量を産出
できますが、その後急速に産出量が減少するのです。
 ハバートは、アラスカとハワイを除く米国本土48州で、19
01年から1956年の間に発見・生産された原油量の統計を集
めたのです。その結果、米国で確認された原油埋蔵量は1930
年代までは急増しているものの、その後勢いが衰えていることが
わかったのです。
 ハバートは、このパターンをグラフ化したところ、米国の原油
供給量が近く頂点に達し、その後減少に転ずる釣り鐘型になるこ
とがわかったのです。
 ハバートがこの予測を出した1956年の米国は、新たな油田
発見が相次ぎ、米国は世界最大の産油国だったのです。したがっ
て、誰もハバートの予告には耳を傾けなかったのです。しかし、
1970年、米国の石油生産量は、ハバートの予測通りピークを
迎えその後は2度と同じ生産量に達することはなかったのです。
 しかし、石油が出るところは米国だけではないのです。世界全
体のピーク・オイルはいつなのでしょうか。
 ハバートは、米国での予測に使ったパターン「ハバート曲線」
を使って、世界全体の石油産出量についても予測をしているので
すが、それによるとピーク時を2006年頃としているのです。
 そういえば、確かにこの頃から原油価格は上昇傾向になってい
ます。ピーク・オイル論にしたがい、投機筋による原油価
格上昇の期待形成ができたからでしょうか。しかし、専門筋では
このピーク・オイル論に否定的なのです。
 2006年9月に米国テキサス州ダラスで開催された「OPE
Cセミナー」において、サウジアラビアの国有石油会社サウジア
ラムコのトップは、次のように明確にピーク・オイル論を否定し
ているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 地球の5兆7OOO億バレルもの生産可能な原油数量に対して
 世界はこれまでにわずか約1兆バレル、いわば、約18%しか
 生産していない。残りの4兆7000億バレルは現在の生産ス
 ピードで計算して今後140年以上消費し続けるのに十分な量
 である。――藤 和彦著、『石油を読む/地政学的発想を超え
    て』より。日本経済新聞社/日経文庫1128/A52
―――――――――――――――――――――――――――――
 ハバートの予告が的中したのは、米国の場合、探鉱活動が非常
に進んでいたので、原油埋蔵量の予測が比較的正確に把握するこ
とができた点にあるのです。しかし、世界の原油埋蔵量となると
そう簡単には予測できないのです。
 残存している原油埋蔵量は、地質学者が実際に現地調査を行っ
て推計する方法と、過去の原油産出量の統計を分析して推計する
方法の2つがありますが、最低で800億バレル〜2兆9000
億バレルと大きな幅があり、正確に把握することは困難です。
 ピーク・オイル論のように資源量の枯渇から来る原油価格高騰
傾向に加えて、油田や製油所に対する投資不足が原油価格の高騰
を招くという考え方もあります。
 ピーク・オイル論があらわれた2006年11月に國際エネル
ギー機関/IEAは、次の衝撃的なレポートをまとめています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 世界の需要を賄うには2030年までに油田や製油所に4兆3
 000億ドルの投資が必要であり、この投資不足が続くと、長
 期的には原油価格は130ドルに達する可能性がある。
              ――國際エネルギー機関/IEA
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年4月18日付の日本経済新聞は、17日の早朝、W
TIで期近の5月物が、一時「1バレル=115.54ドル」ま
で上昇したと伝えています。その原因として、新聞は「米製油所
の稼働率低迷」とタイトルを付けて、次のように書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 米エネルギー省によると、直近の米製油所の稼働率は81.4
 %で、一年前の同じ時期に比べて9ポイント低く、2005年
 10月下旬(82.5%)以来の低水準だ。大型ハリケーンの
 被害で設備が破壊された当時と違い、今回は石油会社が操業を
 抑えているのが原因だ。
         ――2008.4.18/日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年4月の時点で「1バレル=115.54ドル」まで
きているのです。IEAの予測は2030年に130ドルですが
そんなにかかからないで、そのラインまで到達する可能性が高い
ことも予測されます。やはり、原油価格はこのまま上がり続ける
のでしょうか。        ―― [石油危機を読む/21]


≪画像および関連情報≫
 ●ピーク・オイル論に言及している本
  ―――――――――――――――――――――――――――
  現在「ピーク・オイル」という言葉が声高に叫ばれている。
  世界の石油生産はピークを迎えつつあるという意味である。
  これは世界の専門家たちがハバート博士の分析方法を利用し
  て立てた予測によるものだ。ピークはまもなくやってくる。
  石油を燃料として利用できる時代の終焉まで、もう時間はな
  い。ハバート博士に師事したケネス・S・ディフェイス博士
  は本書で起源、探査、生産、流通、代替エネルギーまで、石
  油産業のすべてを詳細に解説し、ハバート理論の長所と短所
  迫りくる事態への対処法までを網羅している。「石油の代わ
  りにステージに上がる代替エネルギーは何か?」「燃料とし
  て利用されなくなった石油はどうなるのか?」。本書はこれ
  らの疑問に答えてくれる必携の書だ。
  ―――――――――――――――――――――――――――

ピーク・オイル論.jpg
ピーク・オイル論
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月21日

●バックワーデーションとコンタンゴ(EJ第2309号)

 昨日のEJの復習をしておきます。原油先物市場の「買い」と
「売り」の常識を再現します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油先物価格は、期近物の方が期先物よりも価格は高くなる
―――――――――――――――――――――――――――――
 期近物とは満期の近い物をいい、これに対して期先物とは満期
の遠いものをいうのです。先物原油を購入すると、現物で決済す
る満期までの先物原油購入資金の金利が発生します。そのため、
先物原油購入のための金利相当分だけ期先の原油価格が低くなる
――これは経済学的に見て当然のことです。こういう状態を「バ
ックワーデーション」というのです。
 したがって、原油先物の常識的な投資手法では、高い期近物を
売って安い期先物を買い、ロールオーバーしていくという手法を
とるのです。
 しかし、2004年の後半からこのようなバックワーデーショ
ンの市場構造に変化が生じているのです。どういうことかという
と、「原油価格は期近物よりも期先物の方が上昇する」という事
態になっているのです。こういう状態のことを「コンタンゴ」と
いいます。
 バックワーデーションとコンタンゴ――相場関係の専門用語で
あって一般的には知られていない言葉です。参考書などを読むと
これらの言葉には次の解説が出ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
    バックワーデーション ・・・・・ 逆ざや
    コンタンゴ ・・・・・・・・・・ 順ざや
―――――――――――――――――――――――――――――
 バックワーデーションの先物市場構造においては、投機筋は期
先で原油を買い、期近になると原油価格が上がるので、そこで原
油売りのオペレーションを行って利ざやを稼ぐことができるので
です。これは投資家によって都合の良い状態です。
 つまり、今まで原油に関しては「逆ざや」が常識であったとい
うことになります。例えば、ガソリンは「逆ざや」ですが、灯油
に関しては、需要が増す冬場は「逆ざや」、夏場は「順ざや」に
なるのです。このように商品によって、「逆ざや」「順ざや」は
違ってくるのです。
 期近物が期先物より安い状態になるコンタンゴは、投資家にと
って都合の悪い状態になります。今、原油先物市場でパラダイム
の転換といわれているのは、バックワデーションからコンタンゴ
に市場が変化してしまったことをいうのです。
 問題は、なぜ、原油先物市場においては、バックワデーション
がコンタンゴになってしまったのでしょうか。
 変化は2004年後半から起こっているのです。この時期はい
わゆる「ピークオイル論」が出はじめた時期と一致します。この
ように原油価格は今後値上がりして高止まりするという観測によ
り、年金基金や投資信託の資金が大量に原油先物市場に流入した
ことが市場の構造変化の原因とする説が現在主流なのです。
 年金基金や投資信託が具体的に何をしたかというと、期近物を
売って、その資金で期先物を購入する――これを大量の資金で繰
り返して行ったのです。その結果、原油価格は期近物よりも期先
物の方が上昇するコンタンゴの状態になったというわけです。
 既出の芥田知至氏――三菱UFJリサーチ&コンサルティング
調査部主任研究員は、年金基金や投資信託の資金が大量に原油先
物市場に入り込んできたことが原油価格高騰の原因であるという
説にやや懐疑的であるという意見を持っています。
 添付ファイルの上のグラフを見てください。このグラフでは左
ほど期近物であり、右に行くほど期先物になります。2004年
10月までの原油先物市場では、「1」のように期先物ほど価格
は低かったのです。これは、バックワーデーションですね。
 芥田氏は、2004年10月までバックワーデーションの状態
であったことについて、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油先物市場がバックワーデーションであった理由は1980
 年代以来の継続的な供給力の過剰や長期的な価格低迷があった
 とみられる。長い間にわたって、価格の下落や低迷を経験して
 いたため、原油価格が先行き上昇するという見方が、生じにく
 くなっていた。              ――芥田知至著
     『知られていない原油価格高騰の謎』/技術評論社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、2005年に入ると状況に変化があらわれるのです。
2005年4月には「2」のグラフのようになり、期近物の価格
が下がりはじめ、12月になると「3」のグラフのようになって
期近物の方が期先物より下がるいわゆるコンタンゴの状態になっ
たのです。
 芥田氏は原油価格先物がコンタンゴの状態になったことが過去
にもあったことを上げ、現在のコンタンゴの状態が必ずしも年金
基金や投資信託の資金の原油先物市場への大量流入のせいばかり
ではないといっているのだと思います。
 添付ファイルの下のグラフを見てください。芥田氏はここでは
コンタンゴの状態を見るために「6ヶ月物と期近物の価格差」を
グラフにしているのです。6ヶ月物は流動性は高く、投機的な思
惑や石油関連業者の価格変動リスクに対する意識などもよく反映
していると考えられるからです。
 1990年以降で見ると、2005年と同程度にコンタンゴに
なったのは、1990年の湾岸戦争直前時期と、1997年のア
ジア通貨危機のとき――いずれも期近物の原油価格が足元の需給
緩和懸念などから下落したためあまり価格が変動しなかった期先
物との価格差がプラス方向に拡大したのです。しかし、2500
年にかけては、足元の原油価格が上昇しているにもかかわらず、
期先物については先高感が出ているのです。これについては来週
考えることにします。      ―― [石油危機を読む/20]


≪画像および関連情報≫
 ●コンタンゴの語源を探る
  ―――――――――――――――――――――――――――
  コンタンゴというものは少し変わった言葉である。コンタン
  ゴの語源は、語源は明確ではなく continue という言葉が変
  化したもの、あるいはラテン語の contingo ではないかとも
  いわれている。意味はcontactと同じである。
  ―――――――――――――――――――――――――――

WTI原油の先物カーブの変遷.jpg
WTI原油の先物カーブの変遷
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

●プロとアマが同居している原油先物市場(EJ第2308号)

 原油の取引市場には、プロとアマが同居している市場といわれ
ています。それはどういう意味でしょうか。
 NYMEX市場における取引参加者には、米国商品先物取引委
員会(CFTC)に報告義務のある業者とそうでない業者がある
のです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.CFTCに報告義務のある業者
    ・ 当業者 ・・ 原油の実物取引をする業者
    ・非当業者 ・・ 原油を実物取引しない業者
  2.CFTCに報告義務のない業者
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここで問題なのは、CFTCに報告義務のある業者の中の非当
業者とCFTCに報告義務のない業者なのです。これらの業者は
石油の実物取引はしない投機・投資目的の業者であるからです。
 非当業者には、ヘッジファンド、年金基金などの機関投資家が
該当するのですが、彼らは投機や投資の対象として原油先物を購
入しているのです。
 非当業者のヘッジファンド、年金基金などの機関投資家は、基
本的に石油産業に関しては専門知識を持たない業者であり、いわ
ば石油に関してはアマなのです。これに対して、当業者は石油事
業者そのものであり、プロということになります。冒頭において
原油の取引市場には、プロとアマが同居している市場といったの
は、そういう意味です。
 それでは、石油産業のアマ的存在のヘッジファンド、年金基金
などの機関投資家は、なぜ、原油先物市場に参加しはじめたので
しょうか。
 それは、これまで石油を大量消費していた先進国が、今後も安
い原油の時代が続くことに疑問を持つようになったことです。そ
もそも原油は、1980年代以降20年以上にわたって、「1バ
レル=10ドル〜2Oドルの間で推移しており、投資対象として
は、まるで魅力がなかったのです。
 しかし、21世紀に入ると事情が一変したのです。それはさま
ざまな要因によって原油価格が上昇したこと、それに加えて原油
需給の逼迫懸念をあおる報告書や論文が相次いで報告されたから
であるといえます。これらを「ピークオイル論」――原油の生産
は既にピークを超えている――というのですが、何となく意図的
の感があります。
 大きなインパクトを与えたのは、米投資銀行のゴールドマン・
サックスが2005年春に出した次の趣旨の報告書です。
―――――――――――――――――――――――――――――
   原油価格は「1バレル=105ドル」まで上昇する
         ――ゴールドマン・サックスの報告書
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油の希少性が高まり、どうやらそれが本当らしいということ
がわかってくると、原油価格が上がってくることは必定であり、
高利回りの投資対象を必死に探している投資家が原油先物市場を
見逃すはずがないのです。
 ここで重要なのは、「原油価格は絶対に下がらない」と投資家
が考えはじめているということです。米国最大の年金基金である
カルバース――カルフォルニア州公務員退職者年金基金などが、
これによって本格的に原油を投資対象として検討することをはじ
めていることです。
 ここで、言葉の問題ですが、ヘッジファンドなどの投機筋と年
金基金などの投資家を区別して使う必要があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    ヘッジファンドなど ・・・・・ 投機筋
    年金基金など    ・・・・・ 投資家
―――――――――――――――――――――――――――――
 「投機筋」と「投資家」はどう違うのでしょうか。
 ヘッジファンドなどの「投機筋」は、先物買い、空売りなどの
さまざまな金融手法を駆使するのに対して、年金基金などの「投
資家」は、資金運用手法に大きな縛りがあり、空売りなどで短期
的に利ざやを稼ぐことはできないのです。したがって、運用対象
は、おのずと安定的に利益を上げられる銘柄に長期投資すること
に限定されるのです。
 原油先物市場の「買い」と「売り」には、長い間にできた「常
識」というものがあります。実際にNYMEXのWTI原油価格
が「1バレル=10〜30ドル」で推移していたときには、次の
常識というかルールが成立していたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油先物価格は、期近物の方が期先物よりも価格は高くなる 
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油先物価格は、「6月物」とか「8月物」といわれますが、
これは「限月」といって、数字は取引の期限の満了をあらわして
いるのです。これに関して、「期先物」と「期先物」という言葉
について知る必要があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
       期近物 ・・・・・ 満期が近い
       期先物 ・・・・・ 満期が遠い
―――――――――――――――――――――――――――――
 満期が遠い「期先物」は価格が安いので、そこで買って、満期
が近い「期近物」になって売れば利ざやを稼げる――これが常識
だったのです。これを「バックワーデーション」というのです。
 ところが、2004年〜2006年の3年間は、一貫して原油
価格が上昇基調にあったので、すべての限月において原油価格が
上昇していたので、したがって、すべての限月において利益が上
がるようになったのです。これを「スポット・リターン」という
のです。これに対して、先物を買って、期近で売るのを「ロール
・リターン」といいます。この原油先物市場の常識があることか
ら変わることになります。   ―― [石油危機を読む/19]


≪画像および関連情報≫
 ●ヘッジファンドとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ヘッジファンドの正確な定義は難しいが、公募によって一般
  から広く小口の資金を集めて大規模なファンドを形成するこ
  とを目指す通常の投資信託と異なり、通常は私募によって機
  関投資家や富裕層等から私的に大規模な資金を集め、金融派
  生商品等を活用した様々な手法で運用するファンドのことを
  指す。代替投資の一つ。       ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

NYMEX.jpg
NYMEX
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月19日

●原油高騰の原因を探る(EJ第2307号)

 原油の価格が高止まりしている原因を明らかにする前に原油価
格に影響を与える3つの油田について説明しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.NYMEXで取引されているWTI原油
 2.ロンドンのICEで取引されている北海ブレント原油
 3.TOCOMで取引されているドバイ原油
 注:NYMEX ・ ニューヨーク・マーカンタイル取引所
   ICE ・・・ アイス先物取引所、旧IPE
   TOCOM ・ 東京工業品取引所
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、これら3つの油田の原油先物価格が北米、欧州、アジ
ア各市場において、原油先物価格のベンチマークとなっているの
です。なかでもWTI原油が現在マーカーオイル(指標原油)と
して、北米市場だけでなく、世界の原油先物価格のベンチマーク
となっているのです。
 実は、原油価格は、各国の市場が開く時間と原油の性質によっ
て影響を受けるのです。まず、NYMEXで決定した原油価格が
東京工業品取引所で扱っているドバイ原油価格に影響し、さらに
ロンドンICE取引所での北海ブレント原油価格に影響する――
そういう仕組みが働いているのです。
 これに加えてWTI原油は、原油の性質の価値が高いため、そ
ういう意味からも原油先物価格の世界標準となっているのです。
原油の性質の価値が高いとは、硫黄分が少なくガソリンなどが多
く取れる軽質であることを意味します。WTI原油は、北海ブレ
ント原油やドバイ原油に比べて軽質なのです。
 さて、なぜ原油価格は100ドルを突破し、今後も高止まりす
る様相を示しているのでしょうか。
 まず、基本的なことを押さえておくことにします。原油の需要
面での要因について考えます。
 原油需要は増大の一途をたどっています。新興国では、自動車
や航空機の普及が進んだことに加えて、石油化学プラントが建設
され、電力使用量が増えるなど、さまざまな面での原油需要が急
増しています。今後この面の需要は増大すると考えられます。
 それでは、原油の供給面はどうでしょうか。
 供給面では、生産コストの高い原油が供給される傾向は不可避
なのです。開発が容易な油田は既に開発し尽くされ、多額な開発
費を投じないと開発できない案件が増えているのです。これは、
当然原油価格上昇の要因になります。
 もうひとつ米国の製油所の能力不足が上げられるのです。2O
O5年2月の米国エネルギー省の調査によると、米国のすべての
製油所は全米で19ヶ所しかなく、その製油能力は、原油換算で
日量1320万バレルです。しかし、米国国内の消費量は日量で
2800万バレル――あと日量1500万バレルの原油が不足し
輸入する必要があるのです。
 ところが、米国の製油所の分布ならぴにその構造はきわめて不
安定な状態にあります。全米の製油所の能力は、日量1320万
バレルの約60%の約800万バレル分はメキシコ湾岸のテキサ
ス、ルイジアナの両州にあるからです。
 どうしてかというと、メキシコ湾岸は俗に「ハリケーン銀座」
と呼ばれるほど、年に何度も大型のハリケーンの襲撃を受ける地
域なのです。2005年には年間実に12回ものハリケーンが、
このメキシコ湾岸で成長して米国本土を襲い、大きな被害を与え
ているのです。
 それに米国ではここ30年以上にわたって製油所の新設が行わ
れていないのです。最も新しいものでも1976年に完成したも
のであり、今日まで、30年以上使い続けられており、当然設備
は老朽化しているのです。したがって、小さい規模のハリケーン
でも設備の一部が損傷を受けて、製油所の活動が停止することも
あり得ることなのです。そういう意味で米国の製油所はきわめて
不安定なのです。
 米国の製油所の能力が原油価格に影響を与える――ちょっと考
えると不思議な感じがしますが、2006年8月7日に発生した
米国最大の油田――アラスカ州ノーススロープのブルドーベイ油
田の生産停止の影響を述べることにします。
 何が原因かというと、プルドーベイ原油を輸送するパイプライ
ンに腐食と原油漏れが発生したのです。問題のある部分は22マ
イル(約35キロメートル)のうち、16マイル(約26キロメ
ートル)であり、この部分を交換する必要が生じたのです。
 プルドーベイ油田の原油生産量は日量40万バレルであり、米
国国内の原油生産量の10%未満ではありますが、カルフォルニ
ア州を中心に米国西海岸に原油を供給し、カルフォルニア州にお
ける精製原油の20%はこの油田に依存しているのです。
 2006年7月14日――NYMEXのWTI原油価格は終値
で「1ドル=77.03ドル」に達していたのです。イランの核
開発問題、北朝鮮のミサイル発射、イスラエルによるレバノン空
爆などがその原因です。
 しかし、その後イスラエルとレバノンの停戦によって原油価格
は沈静化していたのです。しかし、8月7日のプルドーベイ油田
の生産停止の発表を受けて、NYMEXの原油価格は瞬間的に高
騰して「1ドル=77.30ドル」になり、終値については「1
ドル=76.98ドル」というその時点の史上2番目の高値を記
録したのです。
 このWTI原油の高騰は、ロンドン市場の北海ブレント原油は
78.64ドルと史上最高値をつけ、日本原油市場に上場してい
るドバイ原油も8月8日に72ドルという高値をつけたのです。
 このように、國際原油価格形成のメカニズムは、米国が発信源
となっており、米国国内の製油所のトラブル、ハリケーンの到来
など国内事情によって、WTI原油先物価格が乱高下する構造に
なっているのです。そういう状況が投機筋に買い材料を与えるこ
とになります。        ―― [石油危機を読む/18]


≪画像および関連情報≫
 ●ブルドーベイについて書いてあるブログより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  車窓のお供は有名なアラスカパイプライン。緩やかな起伏で
  チラチラと見え隠れしつつ延々と続いています。1977年
  北極海ブルドーベイの油田から石油を輸送するために、様々
  な条件を考えて敷設されたというアラスカ半島縦断全長にし
  て1280キロメートルのグレーのパイプ。自然の大きさと
  人間のすることのすごさに目をみはり、久々に「地上の星」
  のテーマソングが頭をよぎります。
     http://babu.jp/~lorispaw/travel/06-alaska/3.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

ブルドーベイ油田のパイプライン/アラスカ.jpg
ブルドーベイ油田のパイプライン/アラスカ
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月18日

●原油先物市場/NYMEX(EJ第2306号)

 前回「先渡し取引」について解説しました。今日はその続きで
「先物取引」について説明します。
 Aさん、Bさん、Cさんの3人による「先渡し取引」は、例の
ように12月25日にAさんはCさんから250万円で金1キロ
グラムを買い取り、それをBさんに300万円で売って50万円
の利益を手にすることになります。そういう内容の契約になって
いるわけです。
 しかし、Aさんが50万円の利益を手にするには、契約が確実
に果たされることが条件になります。契約の相手によってはリス
クがあり、不便な点が少なくないのです。また、信用のある人同
士でないとできないので、市場がきわめて限定されます。
 そこで、AさんとBさん、Cさんの間に中立的な立場の取引所
を入れ、取引すべての仲介をするシステムが考えられたのです。
これによって、契約不履行のリスクも取引所が負うようにすれば
取引は安全に行えるようになります。
 この場合、Aさんは契約不履行のリスクから解消されるだけで
なく、取引所との間に同じ受け渡し日の同じ品物の売りと買いが
あるので、受け渡し日を待たずに50万円の利益が確定し、取引
から離脱することが可能になります。このような取引を「先物取
引」というのです。
 先渡し取引は、将来の決まった期日に現在決めた価格で実際に
商品を受け渡す取引形態のことをいうのですが、現在の先物取引
では、実際に商品の受け渡しをせずに、期日までに反対売買によ
って差金を決済することができる取引なのです。
 反対売買とは、売りに対して買い、買いに対して売りのことを
いいまいす。「売り玉」――売り契約を仕切ることを買い戻し、
「買い玉」――買い契約を仕切ることを転売といいます。「玉」
(ぎょく)とは契約を意味します。
 NYMEX――ナイメックス/ニューヨーク・マーカンタイル
取引所――ここで取引される原油がWTI原油であり、世界の指
標原油となっているのです。NYMEXは、最も魅力的な原油先
物市場のひとつであるといわれています。それは、非常に多くの
原油先物の売買への参加者を数多く集めることに成功したからで
す。したがって、そこで決まる原油の価格は、世界の原油市場や
エネルギー市場に大きな影響力を持っているのです。
 NYMEXとはどのような取引所なのでしょうか。簡単にその
歴史を振り返ってみることにします。
 1872年にNYMEXの前身であるニューヨーク・バター・
チーズ取引所が開設されています。開設してから着実に取引品目
を増やしたあと、NYMEXに名称変更をします。その後、農産
物から鉱工業品にシフトし、1978年には暖房油を上場して、
世界ではじめてエネルギー関連の商品を上場する取引所になって
いるのです。
 1994年には、ニューヨーク商品取引所(COMEX)を吸
収したのです。これによって、NYMEXは、次の2つを部門を
有する大きな取引所になったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.NYMEX部門
   ・原油、ガソリン、天然ガス、電力、プラチナなど
 2.COMEX部門
   ・金、銅など
―――――――――――――――――――――――――――――
 なお、NYMEXは、世界の多くの取引所が電子取引を行って
いるなかで、現在でも仲介業者がフロアに集まって売買注文を交
わす立ち会い制度を引き続き採用しているのです。
 立ち会い制度の利点は、どの業者がどのタイミングでどれだけ
の注文を出したかという情報が分かり易いので、透明性が高いと
いう点にあります。もっとも立ち会い時間外においては、NYM
EXにおいても電子取引システムでの売買を行っています。
 なお、NYMEXにおいては、トレーダーが両手の手のひらを
自分の方に向けているときは「買い」であり、逆に両手の手のひ
らを外に向けているときは「売り」をあらわしています。
 最新情報によると、NYMEXを運営するNYMEXホールデ
ィングスは、2008年3月にCMEグループ――シカゴ・マー
カンタイル・エクスチェンジ――に買収されています。CMEは
米国シカゴの北米最大の先物取引所です。これによって、CME
グループは、金利・株式・原油・穀物・貴金属の先物などを幅広
く扱う世界最大のデリバティブ取引所となったといえます。
 さて、NYMEXの扱っている原油は「WTI原油の」といっ
て、米国オクラホマ州クッシング地区で現物(原油)の引渡しを
条件としている取引なのです。その日量はせいぜい30万バレル
前後であり、取引された原油はパイプラインで米国の一部地域に
供給されているだけで、国際的にはまったく流通していないので
す。WTIというのは、「ウエスト・テキサス・インターミディ
エイト」の頭文字をとったものです。
 世界の石油消費量は、2007年度の統計で、日量8500万
バレルであるので、WTI原油はその0.4%程度のシェアに過
ぎないのです。それなのにNYMEXで取引されるのは1日3億
バレルにも及ぶのです。この数字がいかに異常であるかは、その
数が世界が1日で使う石油消費量の3倍強であることを考えると
すぐわかるはずです。
 明らかに石油の需給関係とはまるで関係のないところで、原油
の価格が決められているわけです。サブプライム問題以降、原油
価格は、1バレル当たり30ドル以上上昇していますが、世界の
石油の需給関係に大きな変化が生じたわけではないのです。それ
に、第1次石油危機のときのように、OPECが価格の上昇に何
かをしたというわけでもないのです。
 一体なぜ、原油価格は「1バレル=100ドル」を大きく突破
したのでしょうか。明日から、これについて考えていくことにし
ます。            ―― [石油危機を読む/17]


≪画像および関連情報≫
 ●オクラホマ州クッシングとは !?
  ―――――――――――――――――――――――――――
  テキサス州に隣接するオクラホマ州は、米国の石油輸入施設
  や石油精製施設が集中するメキシコ湾岸地域と米国の主要石
  油消費地域である中西部やニューヨークをつなぐ架け橋の役
  割を果たしていますが、その中でもクッシングは、“世界の
  パイプラインの交差点”と揶揄されるように北米の石油産業
  の一大中心地で、WTI原油の受渡し地点の役割も果たして
  います。     http://com.nsnnet.jp/topics/tpc25.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

先物取引/図解.jpg
先物取引/図解
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

●先渡し取引は先物取引の基礎(EJ第2305号)

 かつては石油メジャーが原油価格を決めていた時代があったの
です。その価格決定権を産油国によるOPECが奪い、OPEC
が一時期原油価格を支配したのですが、それも長くは続かなかっ
たのです。自ら主導して価格を決めることの難しさをOPECの
盟主サウジアラビア自身が知ったからです。
 結局、原油価格は現在のところ「市場」が価格を決定する時代
になっているのです。原油市場に参加する人の中で、今よりも高
い値段であっても原油が欲しいと考える人や高い値段でないと原
油を売りたくないと思う人が多いと価格は上がり、その逆である
と価格は下がるのです。
 このことを整理すると次のようになります。要するに需給のバ
ランスによって原油価格は決定されるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油の需要が多く供給が少ないと価格は上がり、原油の需要が
 少なく供給が多いと価格は下がる
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、現在「1バレル=100ドル」以上になっている原油
価格は、こうした需給関係で決まったものではなく、投機的資金
がどれだけ流れ込むかによって決まるようになっているのです。
これについては、今後の原油価格を予測する際に重要であり、改
めて述べることにします。
 ところで、原油については、「原油先物市場」といわれますが
どうして「先物」なのでしょうか。
 既出の芥田知至氏は、航空会社の例を引いて次のように分かり
易く説明しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ある日本の航空会社が1機2000万ドルの航空機を20機注
 文したとすると注文総額は4億ドルである。注文した時点では
 「1ドル=100円」であったが、決済を行う1年後には「1
 ドル=125円」になっていたとすると、航空会社にしてみれ
 ば、「4×(125−100)=100億円」も損をしたこと
 になる。こういうリスクは航空会社としては回避したい。そこ
 で「先物」市場が有益な役割を果たす。例えば、先物市場で、
 1年後のドルを「1ドル=105円」で4億ドル分を調達する
 ことができれば、こうしたリスクは発生しない。
                      ――芥田知至著
     『知られていない原油価格高騰の謎』/技術評論社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、この「先物取引」には若干「怖い」というか「油断なら
ない」イメージがあります。よく「先物相場」に手を出してスッ
テンテンになったという話をよく聞くからです。
 しかし、それは「先物取引」のことを正確に理解していないか
らです。そこで「原油先物市場」を理解するうえから、「先物取
引」について解説します。
 「先物取引」について知る場合、「先渡し取引」について理解
する必要があります。「先渡し取引」は「先物取引」の基礎とな
るものであり、実はこの「先渡し取引」――享保15年(173
0)に八代将軍吉宗の時代から行われていたのです。
 この場合の取引の対象となった商品は「米」です。当時の大阪
は米の一大集積地であったのです。もともとは淀屋という米屋の
店頭で取引をしていたのですが、後に大岡越前守によって堂島で
米会所取引がスタートしたのです。これは日本における先物取引
のはじめといわれていますが、正しくは「先渡し取引」です。こ
の取引とは、次のような取引のことをいうのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ≪先渡し取引とは何か≫
 先渡し取引とは、あらかじめ値段と数量を決めて、相対で、将
 来の決められた期日に売買を行うことを約束する取引のことを
 いう。契約日には値段と数量と受け渡し日についての契約だけ
 が結ばれ、実際のお金と品物の交換は将来、受け渡し日が到来
 した時に同時に行われる。
―――――――――――――――――――――――――――――
 先渡し取引の良い点は、受け渡し日が将来であっても価格が既
に決まっているので、将来の価格変動の影響を受けないというこ
とです。これによって、売る方も買う方も将来の事業計画を立て
易くなります。
 しかし、先渡し取引は相対取引ですので、不便な点も多くあり
ます。そこで、先渡し取引の何が問題で、先物取引だとどう解決
されるのかという点について説明します。
 添付ファイルを見ていただきたいと思います。Aさん、Bさん
Cさんの3人だけからなる市場を考えます。まず、7月10日に
AさんとBさんの間に「12月25日にAさんは金1キログラム
をBさんに300万円で売却する」という契約が結ばれたとしま
しょう。
 AさんはBさんに売却するための金1キログラムを入手するた
め、9月20日にCさんとの間に「12月25日にCさんは金1
キログラムをAさんに250万円で売却する」という契約を結び
ました。この2つの契約はいずれも12月25日を受け渡し日と
する先渡し取引ということになります。
 この契約が12月25日に正常に履行される場合は、Aさんは
50万円の利益を手にすることができます。しかし、12月25
日までは利益は入らないことと、Cさんから金1キログラムを購
入する代金250万円を用意しなければなりません。
 虫の良いことを考えるなら、自分は少しでも早く利益の50万
円を手にし、後の取引はBとCの間でやって欲しい――というも
のです。もうひとつこの取引の怖いことは、もし、商品の受け渡
し日までにBさんかCさんが倒産したり、逃げたりしたら、Aさ
んは大損害を蒙ることになります。したがって、先渡し取引はよ
ほど信頼できる相手としか取引できないということになり、市場
は限定されます。        ―― [石油危機を読む/16]


≪画像および関連情報≫
 ●「堂島米会所」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  堂島米会所(どうじまこめかいしょ)とは、享保15年8月
  13日大阪堂島に開設された米の取引所。当時大坂は全国の
  年貢米が集まるところで、米会所では米の所有権を示す米切
  手が売買されていた。ここでは、正米取引と帳合米取引が行
  われていたが、前者は現物取引、後者は先物取引である。敷
  銀という証拠金を積むだけで、差金決済による先物取引が可
  能であり、現代の基本的な先物市場の仕組みを備えた、世界
  初の整備された先物取引市場であった。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

先渡し取引/図解.jpg
先渡し取引/図解
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月14日

●カルテルが成立しにくいOPECの現状(EJ第2304号)

 考えてみると、原油高騰については、次のように3段階あると
思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
    第1次価格上昇: 第1次・第2次石油危機時点
    第2次価格上昇: 2OO3年〜2006年時点
    第3次価格上昇: 2006年〜2008年時点
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここまで述べてきたのは、「第1次価格上昇」です。添付ファ
イルとして、1948年から2004年までの原油価格の長期推
移のグラフをつけているので、説明に合わせてごらんください。
 第1次石油危機で原油価格は1バレル20ドル台になり、それ
が1979年の第2次石油危機で4Oドル台になっています。こ
れが「第1次価格上昇」です。
 これが2006年までに6Oドル台に達しているのです。この
2回にわたる価格上昇のそれぞれのインパクトについて、三菱U
FJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員、芥田知至氏
は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 2Oドルから40ドルに20ドルに上がったのと40ドルから
 60ドルに上がったのとでは、同じ20ドルでもインパクトは
 違う。前者が2倍なのに対して、後者は1.5倍に過ぎない。
 学校の周りのランチの相場がそれまでの500円から急に10
 00円に上がってしまったら学生は大きなショックであろうが
 欲しいと思っていた20万円のノートパソコンが、あと500
 円高い値段であったとしても、ショックはそれほどでもないで
 あろう。                 ――芥田知至著
     『知られていない原油価格高騰の謎』/技術評論社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 要するに、「第1次価格上昇」は、価格決定権のある0PEC
が人為的に価格を引き上げた結果ですが、「第2次価格上昇」で
は、日々の相場の変動が積み上げられた結果として価格が上昇し
ているのです。この方が人為的に引き上げが行われるよりもショ
ック度は少ないといえます。
 1999年のことです。ベネズエラではチャベス大統領が政権
を担うことになったのです。この新政権は、従来の親米政権とは
異なり、米国に対立する一方で、0PEC各国との関係強化を目
指し、OPECに対し、ある方式を提案したのです。
 その方式とは「プライス・バンド制」といい、2000年3月
にOPEC各国は、この制度を導入することで合意しています。
「プライス・バンド制」――目標価格帯制とは、あらかじめ目標
価格帯を決めておき、これをベースに原油の増産・減産を決める
という方式です。
 OPECは、プライス・バンドを22〜28ドルとし、下限の
22ドルを10営業日連続で下回った場合は日量50万バレルを
減産し、逆に上限の28ドルを20営業日連続で上回った場合は
日量50万バレルを増産する――これがOPECが採用したプラ
イス・バンド制なのです。しかし、このプライス・バンド制は、
OPEC参加国のすべてが参加したわけではなく、1Oヶ国だけ
の参加だったという点を考慮すべきです。
 しかし、2003年になると、原油価格がプライス・バンドの
上限を超えた状態がずっと続いていたのです。OPECの立場か
ら見ると、原油を十分に供給しているにもかかわらず、原油相場
は下がらず上昇を続けていることになるのです。そうなると、プ
ライス・バンド制は形骸化せざるを得ないことになります。
 OPECは、2005年1月の総会において、プライス・バン
ドの22〜28ドルを一時的に停止することを決めています。当
時のOPECのアハマド議長は「原価価格は35ドルが適正」と
述べて、プライス・バンドの変更を示唆していたのですが、結局
は新たなプライス・バンドを設定することはなかったのです。
 この時期から原油価格は高止まりしているのに、世界景気は好
調で、原油需要は増加している――産油国にとっては理想的な状
態が継続していたのです。したがって、プライス・バンド制をあ
えてとる必要はなかったのです。ここで、現在OPECの市場支
配力はどの程度のものなのかについて考えてみます。
 国際石油市場におけるOPECと非OPEC生産のシェアは平
均すると次のようになっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
        OPEC ・・・・・ 40%
       非OPEC ・・・・・ 60%
―――――――――――――――――――――――――――――
 国際石油市場における国単位の市場寡占度を見ても、1970
年代以降一貫して、産油国同士の競争が激しくなっており、カル
テルが成立しにくい状況になっています。
 少し難しくなって恐縮ですが、「ハーフィンダール指数」とい
うものがあります。これは、パーセントであらわした各産油国の
シェアの2乗を合計した指数です。仮に一国が市場を完全独占し
た場合はシェア100%ですから、100%の2乗で指数は10
000になります。1965年以降の節目のある年のハーフィン
ダール指数(市場寡占度)を示しておきます
―――――――――――――――――――――――――――――
             ハーフィンダール指数
    1965年 ・・・・・・・・ 1300
    1979年 ・・・・・・・・  900
    1990年 ・・・・・・・・  700
    1999年 ・・・・・・・・  500
―――――――――――――――――――――――――――――
 指数が500以下であれば「完全競争状態」ということになり
ますが、1999年以降はそうなっています。最近では、OPE
Cの戦略を超えたところで原油価格は動いています。どういう構
造になっているのでしょうか。  ―― [石油危機を読む/15]


≪画像および関連情報≫
 ●プライス・バンドに関する記事(2004年当時)
  ――――――――――――――――――――――――――
  OPECは、15日(2004年9月15日)にウィーンで
  定例総会を開催する。主な議題は、生産上限を据え置くか否
  かという点と、原油生産上限を決める上で指標とされる目標
  価格帯いわゆるOPECプライスバンドに関し、現行の22
  〜28ドル/バレルを引き上げるか否かという点である。先
  週、OPEC関係者が引上げに合意することを明らかにした
  との報道が流れた。同報道の根拠は、これまで引上げに慎重
  な姿勢を示していたサウジアラビアが引上げを容認する姿勢
  に転じたためとされている。具体的な新価格帯については、
  総会前の非公式会議で協議する必要があるが、22〜28ド
  ルは余りに実勢から懸け離れていることから、OPECプラ
  イスバンド制、ひいては生産調整の信頼性回復に、目標価格
  帯を引き上げるべきだとする論者は多い。
http://www.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/s09.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

原油価格の長期推移.jpg
原油価格の長期推移
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

●OPECはなぜ機能しなかったのか(EJ第2303号)

 第1次石油危機は、原油生産の削減と米国をはじめとするイス
ラエル支援国への石油の禁輸がセットになっており、その後に原
油価格の引き上げが追い討ちをかけたのです。
 日本は米国と同盟関係にあり、イスラエル支援国とみなされる
可能性が高かったので、政府は三木武夫副総理を中東諸国に派遣
して日本の立場を説明するとともに、国民生活安定緊急措置法・
石油需給適正化法を制定して事態に備えたのです。
 省エネルギー対策がとられ、デパートではエスカレーターの運
転中止やテレビの深夜放送の休止、ネオンサインの早期消灯やガ
ソリンスタンドの日曜休業などが実施されたのです。
 これらの措置に加えて、国や石油企業が将来の石油危機に備え
て大量の石油備蓄を行うようになったのです。こうした一連の対
策が、1979年の第2次石油危機のときに役立ったのです。
 さて、前回、OPECとは別にOAPECがあるという話をし
ましたが、実にややこしい話です。これについて通商産業省(現
経済産業省)出身で、内閣官房内閣参事官である藤 和彦氏は自
著で次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1970年代から80年代にかけて、人々の目にはOPECが
 かつてない最も強力なカルテルとして映ったはずである。石油
 危機を演出した「泣く子も黙る」OPECは日本の小学校の教
 科書にも登場した。ただ、この点はよく誤解されていることだ
 が、第1次石油危機自体は、OPECではなくOAPEC(ア
 ラブ石油輸出国機構)が引き起こしたもので、OPECはこれ
 に便乗して大幅値上げを断行したにすぎない。
 ――藤 和彦著、『石油を読む』/日経文庫1128/A52
―――――――――――――――――――――――――――――
 1979年にイラン革命が起こります。ホメイニ師を最高指導
者とするイスラム宗教勢力が、親米のパーレビ国王体制を倒して
政権を掌握したのです。
 イラン革命によってイランでの石油生産は中断されます。とく
に日本はイランから大量の原油を購入していたので、石油の需給
が逼迫したのです。しかし、第1次石油危機による学習効果によ
り、省エネをはじめとして、企業の合理化効果、膨大な量の石油
備蓄によって、第1次石油危機よりもひどい状態にはならないで
済んだのです。
 原油価格については、OPEC主導で決められるようになって
おり、リーダー役のサウジアラビアは機会があるたびに原油価格
を上げようとしたのです。
 OPEC内部は一枚岩ではなく、原油価格を上げようとはする
が、どちらかというと穏健な水準での価格統一を目指すサウジア
ラビアと一層の価格の引き上げを主張するイランやリビアなどの
強硬派がたびたび対立し、決定できないこともあったのです。
 しかし、1986年に原油価格が2Oドル以上も下落したので
す。その原因は、サウジアラビアが原油の増産をしたからですが
同時にOPECに加盟していないロシアや北海(英国)やメキシ
コも増産したため原油が大幅に余って価格が暴落したのです。こ
れは、逆オイル・ショックといわれ、産油国の収入が減少し、経
済は低迷したのです。
 これによって、あまりにも人為的に価格を引き上げようとする
と、その反動として需要が急速に減退し、原油価格が暴落するこ
とを産油国――なかんずくサウジアラビアは理解したのです。
 そこで、サウジアラビアは政府販売価格を放棄し、それを「ネ
ットバック価格方式」に変更して、事実上価格カルテルとしての
OPECの機能はその時点で、失われることになったのです。
 「ネットバック価格方式」とは、ガソリンや灯油などの石油製
品の価格から原油価格を逆算して求める方式です。この方式の利
点は、石油の精製マージンが保証される点にやり、原油価格が下
降局面にある場合や見通しが不透明でリスクが高いときは大きな
魅力のある方式なのです。
 これによって原油価格は、各地域における業者間の市場取引に
よって決まるWTI原油が國際原油価格の基準になっていったの
です。つまり、原油の価格形成は、市場メカニズムに委ねられる
ようになったわけです。
 既出の藤 和彦氏は、サウジアラビアの決断について次のよう
に述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 OPECの盟主であるサウジアラビアは、70年代のOPEC
 の人為的高価格政策を「近視眼的なものであった」として80
 年代後半以降は「無茶な引き上げではなく、長期的に持続可能
 な合理的かつ安定的な価格の維持を目指す」と言明している。
 また、「第一次石油危機の際、政治目的は達成できなかったし
 近年の市場実勢から、そもそも武器にはなり得ない」としたう
 えで、「中長期的に見て自殺行為になるようなことをやるつも
 りはない」としている。
 ――藤 和彦著、『石油を読む』/日経文庫1128/A52
―――――――――――――――――――――――――――――
 OPEC設立の目的とは何でしょうか。
 石油はこれまで述べてきたように、その産業としての確立の経
緯から、石油メジャーや先進国が主導権を取って何もかも決めて
きており、産油国はただそれに従ってきたのです。
 こういう方式に対して産油国側には大きな不満があり、産油国
の利益を守ろうという気運が盛り上がって、その結果、OPEC
が設立されたのです。
 OPECでは、あくまで原油相場の安定を目的としますが、そ
のためには産油国が原油の生産量を調整して相場の安定を図るこ
とが必要になります。しかし、この原油の生産調整の足並みがう
まく揃わないのです。原油収入を確保するために決められた生産
枠をオーバーして生産する産油国があるからです。どの国も原油
収入を増やしたいからです。   ―― [石油危機を読む/14]


≪画像および関連情報≫
 ●藤和彦氏の『石油を読む』についてのコメント
  ―――――――――――――――――――――――――――
  石油の市場は、輸送コストの低さ等の理由から、現在単一の
  世界市場として統合されており、しかも嘗ての石油メジャー
  による国際カルテルがあった時代等とは異なり、その価格は
  ニューヨーク・ロンドンの石油先物市場によって概ね決定さ
  れる。「市場の再配分機能」により、特定輸入国に供給削減
  のしわ寄せがくることはかなりの程度避けられるのである。
   http://d.hatena.ne.jp/kuma_asset/20070912/1189610922
  ―――――――――――――――――――――――――――

藤 和彦氏.jpg
藤 和彦氏
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月12日

●第1次石油危機はどうして起こったか(EJ第2302号)

 1973年に第1次石油危機が起こっていますが、何が原因で
起こったのでしょうか。この第1次石油危機の原因を解明するこ
とには意義があります。そこに國際石油資本の弱体化の兆しが見
えるからです。
 1950年代は、国際石油資本セブン・シスターズの全盛期で
あったといわれています。しかし、産油国では國際石油資本に対
する強い不満が頂点に達しつつあったのです。
 1948年にベネズエラ政府は、国際石油資本、すなわち、石
油メジャーと交渉して5O%採掘権料を得ることに成功していま
す。これを知ってサウジアラビア政府も同様の採掘権料を取得し
ているのです。しかし、これでも石油メジャーは十分利益を上げ
ることができたのです。
 しかし、産油国では資源ナショナリズムの高まりによって、石
油産業の国有化宣言が相次いだのです。資源ナショナリズムとい
うのは、石油や天然ガスという貴重な天然資源を国家の富として
強く認識することにより、石油メジャーをはじめとする外国資本
にその富を収奪されないようにしようという考え方です。
 きっかけとなったのは、イランによる石油産業の国有化なので
す。当時英国とソ連の影響に下にあったイランでは、選挙で選ば
れたモハマド・モサデグ首相がそれを行ったのです。
 しかし、クーデターが起こってモサデグ政権は転覆してしまい
ます。このクーデターは米国CIAが裏にいたといわれているの
です。その結果、イランでは、1979年のイラン革命まで親米
政権が続くことになったのです。
 その頃ソ連では、ボルガ・ウラル油田の生産量が増加していた
のです。ソ連では、東欧諸国に対し、国際価格より安く石油を提
供していたのですが、1955年頃以降になると、共産圏の需要
を上回る石油を生産できるようになり、共産圏以外の西欧の国に
も石油を提供できるようになっていったのです。
 何しろソ連産原油は、アクナキャリー協定の対象外であるので
非常に安く提供することができるのです。このようにしてソ連産
原油が多く出回った影響で、世界の石油価格にはかなりの下落圧
力がかかったのです。
 こういうとき、セブン・シスターズは、1959年と1960
年に産油国支払う採掘権料を引き下げたのです。これに反発した
産油国側は、1960年にサウジアラビアのタリキ石油相とベネ
ズエラのアルフォンソ石油鉱業相らが中心となってOPEC(石
油輸出国機構)が創設されることになったのです。
 しかし、サウジアラビアでは米国の工作によって、タリキ石油
相は2年後に罷免され、親米派のヤマニ石油相に代わったことに
より、産油国の権利を認める改革は抑えられたのです。
 1968年にはイラクではクーデターによって、サダム・フセ
インが政権を取ったのです。一方リビアでは、カダフィ大佐が政
権を掌握し、石油メジャーに対し、採掘権料の引き上げを認めさ
せたのです。これは石油メジャーによる価格カルテルを打破する
ことにつながり、以後石油メジャー主導で石油価格を決めること
は困難になったのです。
 これを契機にして、産油国による石油産業の国有化が次々と進
められたのです。1971年にリビアとアルジェリアが石油産業
を国有化し、1975年にはイラクでも、それまで米欧の石油資
本に支配されていたイラク石油会社(IPC)の国有化を宣言し
ています。
 一方、国有化まではできないものの、アブダビ、クウェート、
カタールなどの小国は、石油メジャーとの交渉により、採掘権料
の引き上げに成功しています。この中にあって、終始親米路線を
取ってきたサウジアラビアも、1972年にアラムコの25%
を所有し、10年後に51%を所有、1988年には正式に国有
化を宣言し、サウジアラビア・アラムコと名称変更しています。
 1973年に、アラブ諸国とイスラエルの間で第4次中東戦争
が勃発します。アラブ諸国では、あくまでイスラエル支持を続け
る米国に反米感情が高まるなかで、OPECと石油企業との価格
交渉が行われたのです。
 交渉は最初から紛糾し、行き詰ったのです。OPEC側は石油
企業に対し、70%の値上げを通告――この瞬間に価格決定権は
石油メジャーからOPECに移ることになったのです。
 実はOPECのとは別にOAPEC――アラブ石油輸出国機構
という紛らわしい機構があるのですが、OAPECはイスラエル
がバレスチナから撤退するまで、毎月5%の減産を続けると通告
したのです。
 しかし、ニクソン大統領は、あくまでイスラエル支援を発表し
たので、サウジアラビアは米国向けの石油輸出を禁止すると発表
したのです。なお、OAPECは、次の10ヶ国によって構成さ
れているのです。これに対して、OPECの加盟国は現在13ヶ
国(巻末参照)となっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
       クウェート        カタール
       リビア          バーレーン
       サウジアラビア      イラク
       アラブ首長国連邦     シリア
       アルジェリア       エジプト
―――――――――――――――――――――――――――――
 さらにOPECは、1974年1月にさらに石油価格を2倍に
引き上げたのです。これによって原油価格は、それまでの3ドル
から、11.65ドルになったのです。約4倍の引き上げです。
 このように、石油価格の急騰と産油国の禁輸によって、第1次
石油危機は起こったのです。今まで手中にしてきた原油価格決定
権をOPECに移転して危機が発生したのです。OPECによる
原油価格引き上げにより恩恵を受けた国はソ連だったのです。ソ
連ではチュメニ油田の生産量は拡大し、1970年代後半には世
界最大の産油国になっていたのです。[石油危機を読む/13]


≪画像および関連情報≫
 ●OPEC加盟国/13ヶ国
  ―――――――――――――――――――――――――――
     イラク        リビア
     イラン        アラブ首長国連邦
     クウェート      アルジェリア
     サウジアラビア    ナイジェリア
     ベネズエラ      アンゴラ
     カタール       エクアドル
     インドネシア
  ―――――――――――――――――――――――――――

OPEC本部.jpg
OPEC本部
posted by 管理者 at 02:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月08日

●国際石油資本による石油支配(EJ第2301号)

 近代石油産業とは、探鉱・採掘・精製・販売の一連の作業を通
して行う産業ですが、それを最初に行ったのは米国であることは
既に述べた通りです。
 しかし、初期の頃は、探鉱・採掘・精製のいずれも技術レベル
が低いこともあって、原油価格はかなり大きな幅で変動していた
のです。ちなみに当時の石油は、ランプをともす灯油として使わ
れていたのです。
 石油の将来性に目を向けたのは、ジョン・D・ロックフェラー
です。当時は石油業者が乱立して価格競争をやっていて、事業と
して収益が見込めない状況だったのです。
 そこで、ロックフェラーはスタンダード・オイル社を設立し、
それを中心として、競争を排除するために買収や密約などのかな
り荒っぽい手法を駆使して、米国の石油産業の独占化を進めたの
です。そして独占状態を利用して価格をつり上げ、巨大な利益を
上げはじめたのです。1880年代のことです。
 しかし、ロックフェラーのこういうやり方は世間の非難を浴び
司法の判断に委ねられることになったのです。そして1911年
にロックフェラーの支配するスタンダード・オイル社に対して米
最高裁は解散を命じます。その結果、スタンダード・オイル社は
34社に分割されることになったのです。
 これら分割されてできた34社のうち、次の2社が頭角をあら
わし、後のエクソンとモービルになるのです。そして、1999
年には両社は合併し、エクソン・モービル社となったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ニュージャージー・スタンダード・オイル → エクソン
   ニューヨーク・スタンダード・オイル → モービル
―――――――――――――――――――――――――――――
 こういう米国の石油資本に対抗する勢力もあらわれてきたので
す。ロシアのバクー油田の開発で成功を収めつつあったダイナマ
イトの発明者であるノーベルとロスチャイルド家のアルフォンス
男爵が組んで、石油会社シェルを立ち上げます。現在のロイヤル
・ダッチ・シェルの前身です。
 1895年当時においては、このように米国産原油とロシア産
原油が次のように拮抗していたのです。このときはまだ中東では
原油は発見されていなかったのです。1901年になると、ロシ
アは世界の石油の半分以上を生産するようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
   米 国産原油 ・・・・・ 日量14.5万バレル
   ロシア産原油 ・・・・・ 日量12.6万バレル
―――――――――――――――――――――――――――――
 1908年にイランで原油が発見され、中東原油も世界市場に
供給されるようになったのです。はじめたのは英国人のダーシー
であり、そのためにアングロ・ペルシャン・カンパニーを設立し
ます。これが後のBP――ブリティッシュ・ペトロリアムの前身
になるのです。
 英国は第1次世界大戦のあと、かつてのドイツの影響下にあっ
た旧トルコ領のメソポタミア――現在のイラクの石油資源を独占
しようとしたのです。イラクの原油は地表に近いところで産出さ
れ、コストが安くて済むので油田として価値が高かったのです。
これに猛反発したのは米国です。
 米国は第1次世界大戦のとき、連合国側の石油供給を一手に引
き受けていたので、石油埋蔵量の枯渇懸念が生じており、イラク
の石油資源には強い関心があったのです。かくして英国と米国は
イラクの石油資源を巡って10年間にわたり争ったのです。
 しかし、この問題は1928年に決着します。イラク石油会社
(IPC)は、次の5社で共同経営することが決まったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1.シェル
      2.BP
      3.エクソン
      4.モービル
      5.フランス国営石油公社(CFP)
―――――――――――――――――――――――――――――
 1917年にロシア革命が起こり、シェルの有していたバクー
油田の国有化が表明されます。そのことがきっかけでシェルを中
心として国際石油資本間で争いが激化します。これが原因で、世
界的な石油販売競争が巻き起こり、石油価格は下落したのです。
 この事態を懸念したシェルのデター・ディング社長は、自分の
居城であるスコットランドのアクナキャリー城にエクソンとBP
の首脳を密かに招き、世界の石油資源を地域ごとに3社で分割し
ようと秘密協定を結んだのです。これは後にアクナキャリー協定
と呼ばれるのですが、この協定の適用地域は米国とソ連を除く全
世界だったのです。
 この協定には、あとになって、テキサコ、ガルフ、モービル、
アトランティックの米国4社が加わって7社となり、國際石油市
場における占有率はさらに高まることになったのです。そして、
これらの7社は「セブン・シスターズ」――7人の魔女と呼ばれ
るようになります。
 1938年のことです。米国の中堅石油会社ソーカル(現在の
シェブロン)がサウジアラビアで巨大な油田を発見し、その石油
事業のためにアラムコ――後に国有化により、サウジ・アラムコ
になる――が設立されたのです。しかし、このアラムコもソーカ
ル、テキサコ、エクソン、モービルの米国企業4社によって運営
されたのです。
 この当時国際的に取引される原油の価格は米国を基準に設定さ
れる「ガルフ・プラス方式」が採用されており、この方式が19
50年代まで続いていたのです。ちなみに「ガルフ」というのは
米国のメキシコ湾岸を指しているのです。
 このように米国中心の国際石油資本に支配されていた産油国に
は不満が渦巻いていたのです。 ――― [石油危機を読む/12]


≪画像および関連情報≫
 ●スタンダード・オイルについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  1870年1月10日にロックフェラーは、スタンダード・
  オイル・オブ・オハイオを創設した。彼は買収によって競争
  を勝ち抜き、一社による製油所の統合戦略を進めた。この行
  為はアイダ・ターベルなどに批判される。1874年にチャ
  ールズ・プラット・アンド・カンパニーを買収する。創立者
  のチャールズ・ブラット・とヘンリー・H・ロジャーズは買
  収と同時に同社に加わった。     ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

スタンダード・オイル社/第1製油所.jpg
スタンダード・オイル社/第1製油所
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月07日

●映画『ジャイアンツ』と石油の関係(EJ第2300号)

 今回のテーマは本日から石油の価格はどのようにして決まるの
かという核心に入っていく予定ですが、あまり固い話ばかりが続
くと頭が痛くなるので、今回はその幕間というか間奏曲というか
――そういう話題から入っていきたいと思います。
 1956年の米国映画に『ジャイアンツ』という作品がありま
す。あのジェームス・ディーンが演じた名作です。ジェームス・
ディーンは自分の出演シーンを撮り終えた数日後に自動車事故で
死亡してしまうのです。
 ところで、ここでいう「ジャイアンツ」とは何のことかご存知
ですか。実は映画『ジャイアンツ』は石油掘削がドラマの背景に
あるのです。簡単にどのような映画か物語を紹介します。
―――――――――――――――――――――――――――――
 メリーランド州の牧場に馬の買い付けに来たテキサスの牧場主
 ヴィック・ベネディクトと牧場の娘レズリーは恋に落ち、結婚
 してテキサスにあるヴィックの農場に移る。レズリーは東部と
 西部の生活習慣の違いに最初は戸惑うものの、やがてベネディ
 クト家の女主人として一家を支えるようになる。レズリーに片
 思いするベネディクト家の使用人ジェットは、石油を掘り当て
 一夜にして億万長者となるが、空しい心は満たされず孤独な人
 生を送る。『陽のあたる場所』(51)や『シェーン』(53)の
 名匠ジョージ・スティーブンス監督が開拓者たちの30年にも
 及ぶ壮大なドラマをダイナミックに描いた大河ウェスタン。
   http://www.geocities.co.jp/hollywood/5710/giant.html
―――――――――――――――――――――――――――――
 この映画の監督はジョージ・スティーブンスですが、そのキャ
ストを決めるのが大変だったのです。まず、スティーブンス監督
は、主役のヴィック役にウイリアム・ホールディンを考えていた
のですが、途中で気が変わってロック・ハドソンに変更し、ホー
ルディンを落胆させたといいます。
 それからヒロインのレズリー役――監督としては絶対にグレー
ス・ケリーに決めていたのですが、彼女はモナコの大公と結婚し
て映画界から引退してしまったため、出演は不可能になったので
す。今度は監督ががっくりしてしまったという次第です。
 次の候補として、オードリー・ヘップバーンとマレーネ・ディ
ートリッヒが上がったのですが、監督がダメを出し、結局決まっ
たのはエリザベス・テーラーだったのです。ところが、撮影開始
前にテイラーの妊娠が発覚、テイラーの出演に固執したスティー
ブンスは彼女が子供を出産するまで撮影を延期するのです。
 ロック・ハドソンとエリザベス・テーラーに比べれば、ジャー
ムス・ディーンなんか小者です。彼は『ジャイアンツ』が映画化
されることを聞くと、『エデンの東』の撮影中だったにもかかわ
らず、頻繁にスティーブンスのオフィスを訪ねてジェット役をや
らせてくれと懇願してやっとOKをもらったのです。
 映画『ジャイアンツ』といえば、音楽を担当したディミトリー
・ティオムキンにもふれる必要があります。ティオムキンはロシ
アの作曲家ですが、もともとはピアニストです。1925年に米
国に渡り、映画音楽を書きはじめたのです。
 以降、西部劇では「真昼の決闘」、「赤い河」、「アラモ」、
「リオ・ブラボー」。戦争映画では「ナバロンの要塞」などなど
――すばらしい音楽でヒットを連発したのです。とくに「ジャイ
アンツ」は、「アラモ」、「ナバロンの要塞」と並ぶティオムキ
ンの代表作のひとつとなっています。
 さて、「ジャイアンツ」というのは、ここでは米国のテキサス
州のことを指すのです。映画では、ヴィックとジェットとの対立
を古い時代から新しい時代への変遷として描いています。具体的
にいうなら、大牧場が石油産業という時代の変革の流れに押し流
されつつ土地を取られていくさまを描いているのです。
 大牧場の使用人をしていたジェットが牧場主の姉の死に伴い、
遺言どおりに土地の一部を譲り受けたところ、そこで彼は油田を
掘り当てるのです。ところで、当時、1日5万バレル以上出る油
田のことを「ジャイアント」といっていたのです。
 「ジャイアント」は「ジャイアンツ」の単数形――どうやら、
映画『ジャイアンツ』は、テキサス州とこの油田の「ジャイアン
ト」をもじっているのでは・・と考えて、映画『ジャイアンツ』
の話題を取り上げたのです。映画のジェットのように、当時テキ
サス州では複数の「ジャイアント」を掘り当てて、大金持ちにな
った人はたくさんいたのです。
 このように近代的な石油産業は米国で起こったのです。それは
米国内で油田の発見が相次いだことが大きな理由だったのです。
米国で油田開発が本格化した10年後に、ロシアのカスピ海沿岸
のバクーで油田が発見され、ヨーロッパに出荷されるようになり
ます。そして、第1次世界大戦後にも油田の開発ブームが起こり
イランやベネズエラなどに波及していくのです。
 1932年には、バーレーンでアラビア湾最初の油田が発見さ
れ、サウジアラビアやクウェートでの油田発見が続いたのです。
第2次世界大戦後も中東での油田の発見が相次ぎ、遂に1948
年になって、世界最大のサウジアラビアのガワール油田が発見さ
れるにいたるのです。この油田は日量500万バレル――これは
サウジアラビアの生産量の約半分に当ります。
 世界第2の油田は、クウェートのブルガン油田です。日量にし
て、160万バレル――1991年にイラクが侵攻してきた際に
攻撃された油田です。この油田はいまだに原油が地表に自噴する
ため、生産コストが非常に安い点が魅力であり、イラクはこの油
田を手に入れたかったものと思われます。
 このように中東の油田が発見されるはるか前から米国では石油
に関するあらゆる技術が開発されていたので、米国の力を借りて
油田を発見したり、生産したりしたのです。そういう意味で米国
には頭が上がらなかったのです。かくして、こと石油に関しては
今まで米国が主導権を取ってきたのです。石油がドル建てである
こともこれと深い関係があります。― [石油危機を読む/11]


≪画像および関連情報≫
 ●映画『ジャイアンツ』の批評/ブログ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  映画『ジャイアンツ』はロックフェッラーより後の1920
  年代を舞台とするが、アメリカ石油事業の様子をよく描いて
  いて見逃せない。エリザベス・テーラー、ロック・ハドソン
  が美男美女過ぎて少し浮ついた感じがするが。・・・南部の
  牧場に突然石油が噴出し、独立石油会社がにょきにょき現れ
  る、時あたかもモータリゼーション7。石油はいくらでも要
  る。ひねくれた牧場の使用人ジェームス・ディーンが、わず
  かにもらった土地に石油が噴出すシーンが印象的だ。
  http://blog.goo.ne.jp/ys386kyam/e/41d5959b2078d64c6b980164f8a772e6
  ―――――――――――――――――――――――――――

映画『ジャイアンツ』.jpg
映画『ジャイアンツ』
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月06日

●原油は最後の一滴まで役に立つ(EJ第2299号)

 4月1日からガソリンの暫定税率分が下がって、石油が身近な
話題になっています。こういう機会を利用して、石油について詳
しく知っておくことは意義があると思います。
 原油を採取してそれを精製するとき使う装置を常圧蒸留装置―
トッパーというのです。巨大な反応塔ですが、そこに原油を注入
し、下から暖めて蒸留するのです。蒸留によって軽い成分から分
留していき、さまざまな石油製品が作られるのです。
 炭化水素の種類というと、メタン、エタン、プロパン、ブタン
ぐらいまでは知っている人は多いですが、その先を知っている人
は少ないと思うので、そのすべてを表示し、それがどういう石油
製品に結びついているのかについてまとめたものが次の表です。
―――――――――――――――――――――――――――――
     名称   凝固点℃   沸点℃      用 途
    メタン   −183  −162     天然ガス
    エタン   −172   −89     天然ガス
   プロパン   −190   −42   液化天然ガス
    ブタン   −135    −1   液化天然ガス
   ペンタン   −120    36       溶剤
   ヘキサン    −94    69     ガソリン
   ヘプタン    −90    98     ガソリン
   オクタン    −59   126     ガソリン
    ノナン    −54   151     ガソリン
    デカン    −30   174     ガソリン
  ウンデカン    −26   196       灯油
   ドデカン    −10   216       灯油
  トリデカン     −6   230       灯油
  トラデカン      5   251       灯油
 ペンタデカン     10   268       軽油
 ヘキサデカン     18   280       軽油
 ヘプタデカン     22   303       軽油
 オクタデカン     28   317       重油
  ナノデカン     32   330       重油
  エイコサン    343   343    潤滑油など
                      ――芥田知至著
     『知られていない原油価格高騰の謎』/技術評論社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 なお、沸点の低いものほど気体になりやすいのです。さて、蒸
留によってそれぞれ分留していった残りが「残油」といわれるも
のです。残油の中には普通の気圧ではなかなか気化しない、いろ
いろな成分が混ざっています。そこで、気圧を低くして気化しや
すい状況にして分留するのです。
 重油は、軽油留分と残油を混合して粘度や硫黄分を調整して作
られるのです。この場合、軽油を中心として残油分をほとんど含
まない重油を「A重油」、残油を中心としてそれに軽油を少し混
ぜたものを「C重油」というのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  A重油 → 漁船や農業機械のディーゼルエンジン用燃料
  C重油 → 工場や発電所などの大規模ボイラー用の燃料
―――――――――――――――――――――――――――――
 潤滑油は残油から作られます。潤滑油の条件として重要なのは
寒い冬でも凝固せず、粘度が一定であることです。そこで、残油
から一定成分を抽出したあと、それに添加剤を加えて望ましい粘
度や耐久性を備えた潤滑油を作り出すのです。
 潤滑油、すなわちオイルは、自動車、工場の機械設備、家電製
品の部品が回転などの運動によって生ずる摩擦によって磨り減る
ことを防ぐものです。
 自動車などのガソリン・エンジン、ディーゼル・エンジン、飛
行機のジェット・エンジン、船舶用のエンジンなど――これらに
はいずれも潤滑油が必要なのです。ガソリンや軽油や重油を燃焼
することで推進力を得る自動車、飛行機、船舶、農業機械などは
それぞれ同じ石油の成分である潤滑油をいずれも必要としている
のです。このように考えると、石油がいかに大切な資源であるか
がわかと思います。
 残油から精製できるもののひとつに「ワセリン」があります。
日本薬局方にワセリンについて次の記述があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ワセリンは、石油から得た炭化水素の混合物を脱色して精製し
 たものをいう。            ――ウィキペディア
―――――――――――――――――――――――――――――
 いうまでもなく、ワセリンは軟膏剤のような医薬品の基剤や化
粧クリームのような化粧品などの基剤として用いられます。また
潤滑剤や皮膚の保湿保護剤として利用されます。
 もうひとつ、残油から採れる重要な石油製品があります。アス
ファルトがそうです。アスファルトは原油の最も重質な成分であ
り、大きな分子量の炭化水素の混合分です。
 現在アスファルトは道路の舗装に使われますが、アスファルト
は、古代から塗料や防水剤などとして利用されていたという記録
が残っています。地上にあった原油から軽質分が自然に蒸発して
天然アスファルトができたのです。
 天然アスファルトは主に接着剤として使われ、旧約聖書の『創
世記』ではバベルの塔の建設にアスファルトが使われているので
す。アスファルトという単語が英語に現れたのは原油の利用が一
般的になり始めた18世紀に至ってからです。
 日本で初めてアスファルト舗装が施されたのは長崎県長崎市の
グラバー園内の歩道なのです。その後東京で舗装がはじまったの
です。使用されたのは秋田県昭和町(現在の潟上市)からはるば
る運ばれた天然アスファルトであったといいます。
 ここで述べたもののほかに、石油製品にはプラスチックや合成
繊維などがあるのです。それだけに石油が枯渇したらそれこそ大
変なことになります。      ―― [石油危機を読む/10]


≪画像および関連情報≫
 ●常圧蒸留装置を描いた切手
  ―――――――――――――――――――――――――――
  切手の意匠として描かれた石油精製装置は、デリックについ
  て多数発行されています。デリックが産油を象徴するなら、
  精製搭は、消費国の工業を象徴します。今回は、切手に描か
  れた常圧蒸留装置を選んでその一部を紹介します。なお、切
  手だけでなく蒸留塔を描いた記念消印については改めて紹介
  します。これが、実に多い。旧ソ連邦、ポーランドなど社会
  主義国は国威高揚から発行しているようです。製油所内でひ
  ときわ高くそびえて見えるのが製油所の心臓部ともいえる常
  圧蒸留装置です。
          http://www9.ocn.ne.jp/~petro/cdudis.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

切手になった常圧蒸留装置.jpg
切手になった常圧蒸留装置
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月05日

●炭化水素について知る(EJ第2298号)

 原油というのは、油田から汲み上げられる自然界に存在する資
源です。ガソリンや灯油は、原油を原材料として、精製して作ら
れる石油製品なのです。
 「油田」という言葉から、地底湖のように地下深くに原油が液
体のまま貯まっているように想像するかも知れません。しかし、
実際の油田とは地下数千メートルの地層に埋もれているのです。
その地層は「貯留岩」という無数の細かい粒からできている砂岩
という岩石で形成されており、原油はその貯留岩の中に存在して
いるのです。
 それでは、その貯留岩から原油を採取するにはどのようにする
のでしょうか。
 「リグ」という油田掘削装置があります。リグはダイヤモンド
を先端に取り付けた装置で、貯留岩に貯まっている油層目がけて
掘り進むのです。油層にたどりつくと、シームレスパイプを突き
立てるのですが、そうすると、地層内の圧力で原油が地上に噴き
出してきます。原油の採取はこのようにして行なわれます。
 原油は、化学的には炭素と水素の化合物である炭化水素なので
す。原油の中には、硫黄、窒素、酸素、金属などの化合物も含ま
れているので、原油を炭化水素の種類ごとに分離し、不純物を取
り除くことで、ガソリンや灯油といった石油製品化することを石
油の精製といっています。
 炭化水素というと、高校の理科で習ったフレーズ――メタン、
エタン、プロパン、ブタンを思いだす人がいるかも知れません。
これらはいずれも炭素(O)と水素(H)が結び付いた炭化水素
という物質の仲間です。
 炭化水素には炭素の数が少ないものと多いものがあります。炭
素の数が増えるほど、1個の分子の質量は増加し、沸点が高くな
る傾向があります。沸点が高くなるということは、液体から気体
になる温度が高いことを意味します。
 ここで液体か気体かは重要な意味を持つのです。なぜなら、液
体であれば、運搬したり、貯蔵したりすることが便利であるから
です。天然ガスのような気体の場合、運搬をするのに高度な技術
が必要になります。これに沸点の高低がからんできます。つまり
沸点が低いものほど、気体になりやすいのです。
 沸点と炭素の数、分子の質量の関係を次のようにまとめておく
ことにします。
―――――――――――――――――――――――――――――
  沸点が低い ・・・ 炭素の数が少い/分子が軽い
  沸点が高い ・・・ 炭素の数が多い/分子が重い
―――――――――――――――――――――――――――――
 炭素が1個のメタンは分子が軽いので、地中に埋蔵されている
状態でも気体になっています。よく原油を採掘すると、天然ガス
が出てくることがあります。しかし、かつては、気体を運ぶ技術
がなかったので、無為に燃やすしかなかったのです。
 ところが、現在では技術が進んで、パイプラインで運んだり、
液化してLNG(液化天然ガス)のかたちでタンカーで運んだり
できるようになっているのです。メタンはマイナス160度で液
化され、体積は気体のときの600分の1になるので、大量輸送
が可能になるのです。
 日本はLNGを中東から輸入し、タンクの中を超低温に保つこ
とができるLNGタンカーで輸送しているのです。また、天然ガ
スに含まれるメタンは、都市ガスに利用されています。
 炭素が3〜4個になると、分子の質量が大きくなり、沸点が高
くなります。つまり、気体にはなりにくく、液体になるのです。
プロパンやブタンは、原油の中に溶けて存在するのですが、少し
圧力を加えると、液化します。天然ガスのように超低温にしなく
ても、比較的簡単に液化できるのです。
 液化できれば、ガスポンベに詰めて、輸送したり、保存したり
できるので、用途は大きく広がります。プロパンを中心とするL
PG(液化石油ガス)は、「プロパンガス」と呼ばれて、家庭用
のガスとして使用されています。
 炭素が5〜10個程度の炭化水素は、ガソリンとして使用され
ています。ガソリンはよく知られているように次の2種類があり
ます。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1.レギュラー・ガソリン
  2.プレミアム・ガソリン ―――ハイオクガソリン
―――――――――――――――――――――――――――――
 いわゆるハイオクガソリン――オクタン価を上げるとは、発火
点温度を上げてノッキングを起こりにくくするガソリンのことを
いうのです。
 ところで、ガソリンに関連付けて覚えておいて欲しいことがあ
ります。それは「ナフサ」です。ナフサというのは、ガソリンと
同じ沸点の留分のことですが、原材料段階のものを「ナフサ」、
製品化したものを「ガソリン」と呼んでいるのです。つまり、ナ
フサとは、石油化学工業製品の原料となるものなのです。
 暖房用に使われている灯油は、炭素が9〜15個の炭化水素が
中心となっています。灯油は「ケロシン」と呼ばれ、ジェット機
の燃料(ジェット燃料)も、この灯油の留分から製造されている
のです。
 灯油の次に高い沸点の留分は「軽油」です。軽油は、ディーゼ
ル車や船舶やガスタービンの燃料になります。欧州では、ディー
ゼルエンジンの自動車が多く、自動車の燃料のかなりの部分を軽
油が占めているのです。
 とくに寒冷地用のディーゼル燃料は、温度が低くても気化しや
すい灯油を混合した製品となっています。気化しないと、着火・
燃焼が正常に行われなくるのです。
 さて、蒸留により、分留していった残りが「残油」と呼ばれる
のです。重油は、軽油留分、残油などを混合して、粘度や硫黄分
を調節して作られます。     ―― [石油危機を読む/09]


≪画像および関連情報≫
 ●「ナフサ」とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ナフサとは、原油を常圧商流装置によって蒸留分離して得ら
  れる製品のうち沸点範囲がおおむね35〜180℃程度のも
  のである。粗製ガソリン、直留ガソリンなどとも呼ばれる。
  ナフサのうち沸点範囲が35〜80℃程度のものを軽質ナフ
  サといい、日本では石油化学工業でのエチレンプラント原料
  として多く使用される。輸入原油を国内で精製して製造する
  ものと、ナフサとして輸入するものが相半ばする。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

「ナフサ原油価格推移」.jpg
ナフサ原油価格推移
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月04日

●近代石油産業はこうして誕生(EJ第2297号)

 探鉱・採掘・精製を一連の流れとする近代石油産業が誕生した
のは、1859年の米国においてです。ペンシルベニア州のタイ
タスビルにおいて、元鉄道員のエドアィン・ドレークが石油の機
械堀りに成功したのです。ドレークが採掘に成功した油田は「ド
レーク油田」と名づけられ、タイタスビルは近代石油産業発祥の
地といわれるようになります。
 もう少し詳しい経緯をお話しする必要があります。ニューヨー
クの弁護士だったゼビルは、原油から灯油が作れることを知って
世界最初の石油会社、ペンシルベニアロック社を1854年に設
立しています。
 ゼビルは株主に対して、灯油を作るために岩塩掘削技術を使っ
て原油を地下から掘り出すことを提案したのですが、同意が得ら
れなかったのです。そこで、1959年に掘削専門会社セネカ・
オイル社を設立したのです。
 ゼビルは、石油を汲み取るのではなく、穴を穿って抽出しよう
としたのですが、それを実現してくれる人物としてドレークだっ
たのです。ドレークが石油の機械掘りに成功したことを知ってい
たからです。
 しかし、採掘は簡単ではなく、周りの人から奇人、変人と冷笑
を浴びながらも黙々と採掘を続け、1859年8月28日に深さ
21メートルで約30バレルの採掘に成功したのです。しかし、
この油田はタイタスビルに最初に目を付けて、油田開発を進めた
のはゼビルだったのに、米国の人々は「ドレーク油田」と呼ぶよ
うになったのです。おそらく何をいわれても動ぜず、掘削を続け
たドレークの努力を多としたものと思われます。
 このセネカ・オイル社の成功を聞きつけて、ペンシルベニア州
には全米から投資家や山師が集まってきて、油田の開発を始めた
のです。そして、石油の採掘は、テキサス、カルフォルニア、カ
ナダへと急速に広がっていったのです。このようにして、米国は
世界ではじめて石油産業が成立することになったのです。
 さて、ドレークが油田を発見した当時はどのようにして原油を
運搬したのでしょうか。
 それは、原油を酒の樽(barrel/バレル)に入れて、当時鉄道
が引かれていたピッツバークまで馬車で運んだのです。モルト・
ウィスキーの熟成には「樽」を使うのですが、樽には次の3つが
あります。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.バーボン樽
          2.シェリー樽
          3.ブレーンオーク
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油が詰められた「シェリー樽」は、スパニッシュオーク材で
作られており、シェリー酒を熟成するために使われたのです。そ
のため原油は「バレル」という単位を今でも使っているのです。
 当時のシェリー樽の内容量は「159リットル」であったので
それが「1バレル」とされたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
      1 バレル =   159リットル
      1 バレル =    42米ガロン
      1米ガロン = 3.785リットル
      1英ガロン = 4.546リットル
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで、1バレル、すなわち「159リットル」とはどのく
らいの量になるのでしょうか。
 ドラム缶――キャンプ場などで簡易風呂として使われているあ
のドラム缶のことですが、原油1バレルをドラム缶に入れると、
大体3分の2くらい入るといったらわかるでしょうか。結構量と
しては多いのです。
 ところで、「原油」とは何でしょうか。ここまで説明しないで
使ってきていますので、はっきりさせましょう。
 「原油」「石油」「ガソリン」の違いを明らかにするために、
英語での表記を示しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
       原油   ・・・・・ Crude Oil
       石油   ・・・・・ Oil
       ガソリン ・・・・・ Gasoline
―――――――――――――――――――――――――――――
 いわゆる一般的に「オイル」という場合は、それは石油という
ことになります。すなわち、石油とは、原油やガソリンを含めた
液体の炭化水素の総称なのです。常温・常圧で液体であり、火を
つければ燃える炭素と水素の化合物はすべて「石油」と呼ばれる
のです。
 これに対して「原油」とは、油田から生産される天然の液体炭
化水素のことをいうのです。そして、この「原油」を精製してで
きるものが「ガソリン」なのです。
 実は一口に原油といってもいろいろな種類があるのです。産地
や油質によって製品は異なるのです。原油の油質というのは、硫
黄や不純物が含まれている割合や有機物の構成比の違いによって
次の2つに分かれるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1. サワー ・・・・・ 硫黄分の多い原油
   2.スイート ・・・・・ 硫黄分の少い原油
―――――――――――――――――――――――――――――
 また、比重の軽いものを「ライト」、重いものは「ヘビー」と
いいます。比重はAPI度という数字で表され、比重が軽いもの
ほど大きな数値になり、比重が重いものほど小さな数値になるの
です。比重の軽いものほど沸点が低く、重いものは沸点が高い成
分なのです。われわれの身近な存在であるガソリン、灯油、軽油
は、スイートでライトな部分に属するのです。一番ライトなのは
LPGなのです。        ―― [石油危機を読む/08]


≪画像および関連情報≫
 ●ドレーク油田と切手
  ―――――――――――――――――――――――――――
  切手で語る『石油の文化の光と影』も石油産業の誕生に触れ
  る必要があります。石油産業の二大発祥の地として、ペンシ
  ルバニア州タイタスビルのドレーク油田とカスピ海沿岸のバ
  クー油田が代表的な油田地帯として挙げられます。アメリカ
  における石油産業発祥の地を切手で紹介するにも石油切手と
  して発行されたのはドレーク油田開発125年切手しか発行
  されていませんので、特別記念印、メータースタンプ、日付
  抹消印の地名で紹介していきます。切手展特にテーマチィッ
  ク部門では、切手以外に様々な郵便材料を使います。
         http://www9.ocn.ne.jp/~petro/oilbirth.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

ドレーク油田/125年.jpg
ドレーク油田/125年
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月01日

●原油価格は何によって動くか(EJ第2296号)

 2008年に入ってWTI原油先物価格は「1バレル=100
ドル」以上に張り付いて、なかなか下がらない状況にが続いてい
ます。1年前はどうだったかというと「1バレル=50ドル」、
6年前は「1バレル=20ドル」程度だったのです。どうしてこ
んなに上がってしまったのでしょうか。
 少し歴史を振り返ってみたいと思います。とくに原油価格が乱
高下した2005年8月までの原油相場の状況を振り返ってみま
しょう。2005年の年初は、2004年後半の相場の下落局面
が続いていたのです。
 2004年9月にハリケーン「アイバン」が米国メキシコ湾岸
地区に上陸し、そこにある製油所や油田の設備を破壊してしまっ
たのです。米国メキシコ湾岸地区といえば、南部メキシコ湾に面
する州――とくにテキサス州、ルイジアナ州、ミシシッピー州に
は油田や製油所が結集していたのです。
 ハリケーンがそれらの設備を破壊していったので、原油が足り
なくなるのではないかという懸念が広がって、原油の価格が上昇
したのです。
 しかし、ハリケーンの被災から復旧が進むにつれて、原油価格
は落ち着きを取り戻します。2OO5年1月は「1バレル=42
ドル台」で推移したのです。
 ところが、米国に寒波が襲来したのです。冬場に気温が下がる
と暖房油の需要が高まるので、原油価格の押し上げ要因になりま
す。それにイラクでのテロが激化して、これも原油価格を押し上
げる要因になったのです。
 イラクはサウジアラビアに次いで世界第2位の原油埋蔵量のあ
る国であり、往時に比べると生産力は落ちてはいるものの、日産
200万バレル前後の原油生産を続けていたのです。テロはイラ
クの石油施設を対象としたものであったので、原油生産に影響が
出ることを懸念して原油相場は上昇したのです。こういう状況を
受けて1月半ばには原油相場は上昇――「1バレル=48ドル」
程度まで上がったのです。
 それから、2月中旬にかけて、気温は上昇し、イラクでも選挙
が何とか行われたこともあって、原油相場は「1バレル=45ド
ル」程度まで下がったのです。
 しかし、原油相場は再び上昇するのです。それは米国と中国の
経済が好調なことが原因となって需要が増大し、世界経済拡大の
兆しが見えたことから原油需要が増加し、4月はじめには「1バ
レル=57ドル」に達したのです。
 そして、6月以降原油は50ドルを割ることはなくなったので
す。7月にはハリケーン「デニス」がメキシコ湾岸に接近して一
時的に原油は60ドルを突破したのですが、油田や製油施設には
大きな被害はなかったので、7月中旬には56ドル台まで下落し
たのです。
 ところが、7月の下旬になって、米国で第3位の規模の製油所
で火災が発生し、操業が停止したのです。それに加えて、8月1
日は、サウジアラビアのファハド国王が逝去したのです。新国王
にはアブドラ皇太子が就くことが発表されましたが、新国王の就
任によって、石油政策が変更されることもあるのでその懸念から
原油相場は一時的ですが、上昇したのです。
 8月下旬にはハリケーン「カトリーナ」が、メキシコ湾岸の石
油施設が集中している地域を直撃し、甚大な被害が発生したので
す。原油生産の停滞やガソリン・灯油の供給不足の懸念が広がっ
て、8月末には「1バレル=70.85ドル」という史上最高値
をつけたのです。
 これに対して先進国はすぐ反応し、国際協調による国家石油備
蓄の放出をはじめたのです。その総量6000万バレル――これ
によって原油価格の騰勢は一服することになります。
 2005年1月から8月までの原油相場を振り返ったのですが
さまざまな要因によって原油相場は敏感に反応することが把握で
きたと思います。そして、「1バレル=70ドル台」は当たり前
となっていくのです。
 ところで、石油の問題にはわからないことが多くあります。専
門用語もたくさん出てきます。これを明らかにしないと、先に進
めないので、専門用語を覚えていきましょう。
 このEJの冒頭に――WTI原油先物価格は「1バレル=10
0ドル」と書きましたが、「WTI」とはそもそも何を意味して
いるのでしょうか。
 WTIというのは、「ウェスト・テキサス・インターミディエ
イト」の略です。米国テキサス州のミッドランドを中心とした油
田地帯で産出される原油の総称がWTIなのです。
 当時WTIは潤沢な原油の生産量があったので、米国における
原油取引の指標的存在になったのです。しかし、今やWTIはピ
ークアウトしており、1日40万バレル程度の生産量しかないの
ですが、世界の原油価格の指標になっているのです。
 それは、WTIがニューヨーク・マーカンタイル取引所(NY
MEX)に先物が上場されているためです。NYMEXは、誰も
が参加できる市場で、大量に取引されており、その取引量は1日
当り2億5000万バレルに達しています。その価格は、透明性
が高く洗練されているので、世界の石油取引の指標とするに相応
しいのです。
 この米国のWTIの他に、欧州の「ブレント」と中東の「ドバ
イ」が有名な銘柄です。ブレントは北海油田で採れる銘柄で、欧
州の原油価格の指標となっており、ドバイは中東産の原油であり
アジアで取引される原油の指標的存在です。
 原油は世界各国で取引されています。ブレントやドバイがある
のになぜWTIで石油の価格が決まってしまうかというと、石油
産業の起源が米国であるという歴史的背景があることと、原油が
ドル建てになっていることによります。ロシアや中東の原油が増
えても米国は石油産業の支配的・中心的な存在であり、そうあろ
うとしているのです。      ――[石油危機を読む/07]


≪画像および関連情報≫
 ●先物取引とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  先物取引とは、いわゆるデリバティブ(金融派生商品)の一
  つで、価格や数値が変動する各種商品・指数について、未来
  の売買についてある価格での取引を約定するものを言う。本
  来は、価格変動の影響を避けるための手段――リスクヘッジ
  として利用されるが、価格変動を利用して利益を得るスペキ
  ュレーション(投機)取引というものがある。
                    ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

サウジアラビア/アブドラ国王.jpg
サウジアラビア/アブドラ国王
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月30日

●既に円高に強くなっている日本企業(EJ第2295号)

 円高の影響についての考察をもう少し続けましょう。円高が伝
えられると、すぐ企業業績――とくに輸出企業の業績が悪化する
ということで、株が売られて株安になる――これが今までの常識
だったのです。
 実際に3月17日、東京外国為替市場ではドルが売られ、一時
「1ドル=95円台」になったのです。この円急騰を受けて、株
が売られ、その日の終値では前週末比で454円安の「1万17
87円」と、1万2000円台を割り込んでいます。
 この株の暴落はアジアに波及し、インド・ムンパイ、フランク
フルト、ロンドンというようにヨーロッパにも波及して、そして
ニューヨーク市場のダウ平均を一時3%押し下げて、やっと底を
打ったのです。
 日本には過度の円高恐怖症があります。1995年に円が「1
ドル=79円75銭」になったときのトラウマが再現してしまう
のです。それは次の図式です。
―――――――――――――――――――――――――――――
   円高→輸出企業が競争力失墜→株価暴落→円高不況
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、今回の円高は、1995年のときとは明らかに違って
いるのです。日本の経営者は1995年の円高のときの苦い経験
を生かしているのです。日本企業は、過去2回にわたる石油危機
でも同様の対応策をとって危機を乗り越えているのです。
 『日経ビジネス』/2008年3月24日号では、円高でも為
替差益を出したスズキの例を紹介しています。
 次の数字は、スズキが2007年10〜12月期に得た為替差
益です。
―――――――――――――――――――――――――――――
     ドル ・・・・・・・・・・・・ −16億円
     ユーロ ・・・・・・・・・・・ +24億円
     ルピー ・・・・・・・・・・・ +20億円
     オーストラリアドル ・・・・・ +12億円
     ポンド ・・・・・・・・・・・  +1億円
     ―――――――――――――――――――――
     合計              +47億円
    『日経ビジネス』/2008年3月24日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 2007年10〜12月期といえば、円高が本格化しはじめた
時期です。トヨタはこの時期に200億円規模の為替差損を出し
ているのです。
 これに対してスズキは、競争の激しい北米市場に重点を置かず
に他社が進出していないインド、ハンガリーなどに進出していま
す。そして現在、スズキはとくにインドには力を入れているので
す。先週のEJでも述べたように、円はドルに対しては円高です
が、ユーロをはじめとする他の通貨に対しては円安なのです。こ
の点をしっかりと押さえておく必要があります。
 皮肉な話ですが、ニューヨーク在住のエコノミストは、ドルが
円に対しても下げたことに衝撃を受けたといわれます。日本経済
も落ちたものといわれても仕方がないでしょう。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (ドルがユーロに対して下げたことは)自力のあるユーロなら
 説明ができた。しかし、弱いはずの円に対してまでドルが大き
 く下げたということは、明らかにフェーズが変わったことを意
 味している。     ――ニューヨーク在住のエコノミスト
       『日経ビジネス』/2008年3月24日号より
―――――――――――――――――――――――――――――
 円高に対する備えを早くから考えて実施している企業も多いの
です。そのひとつに松下電器産業があります。松下では、中村邦
夫会長による指示もあり、為替に左右されない事業構造作りに取
り組んでいるのです。
 その取り組みのひとつが「為替マリー」といわれるものです。
これは輸出で得た債権と、輸入で発生した債務を円に転換しない
で、そのまま同一通貨内で相殺することをいうのです。そうすれ
ば、為替リスクをヘッジできるのです。
 この制度によって、松下電器産業は、徐々に輸出額に占める為
替マリー率を上昇させてきているのです。その結果、2000年
には17%に過ぎなかった為替マリー率を2007年には70%
近くに上昇させています。金額にすると、輸出額2兆5OOO億
円中1兆6000億円を為替マリーに適用してきているのです。
そして、松下電器としては、近い将来は為替マリー率を100%
にしたいといっているのです。そうすれば、為替変動に業績は左
右されなくなるからです。
 このような為替リスクを最小限に抑える対策は、究極は「現地
生産現地販売」という事業構造に行きつくのです。しかし、日本
でしか作れない競争力のある製品は円建てでも売れるのです。半
導体の製造装置メーカーなどにそういう企業は多いのです。しか
し、そういう企業でも今回のような急激な円高になると、ライバ
ル企業との競合が厳しくなるといいます。
 いずれにせよ、それぞれの企業努力により、かつての円高恐怖
症は乗り越えられつつあります。『日経ビジネス』では、その理
由を次の3つにまとめています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.輸出企業は収益源を米国以外に移している
   2.大企業は「為替リスクゼロ」経営に転換中
   3.長期円高は輸入企業にとって追い風になる
―――――――――――――――――――――――――――――
 急速なドル安を受けてポールソン米財務長官は「強いドルは国
益」とかつての主張を変えていないが、日本全体では、ドル建て
の取引は、輸入額の70%、輸出額の50%に及んでいます。こ
の構造から見ると、明らかに円高の方が国内経済に良い影響があ
ることになります。       ―― [石油危機を読む/06]


≪画像および関連情報≫
 ●為替マリーとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  為替マリーとは、例えば、輸出で回収したドルを円に転換せ
  ずにドルのまま保有し、輸入の決済にドルが必要になったと
  きにそのドルをそのまま決済に充当するという方法である。
  つまり、外貨建ての債権と債務を個別に円決済せずに、双方
  を相殺させる形でヘッジするものである。
  ―――――――――――――――――――――――――――

中村邦夫会長.jpg
中村 邦夫会長
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月29日

●福田政権バスの行き先はどこか(EJ第2294号)

 「石油危機を読む」というタイトルを掲げているのに、なぜか
円高や株安のことを書いていて、石油の話がなかなか出てこない
――このように考えている方も多いと思います。
 株安、円高、原油高を「三重苦」と書いている新聞や雑誌もあ
りますが、円高は原油高のマイナスを少し和らげてくれる効果が
あるので、本当は歓迎なのです。なぜなら、石油はドル建てであ
るからです。
 しかし、今回の円高――実は米国に対してだけなのです。ユー
ロを含む15種類の外貨に対しては円安なのです。それもプラザ
合意以後の1985年10月と同程度であるという歴史的円安な
のです。ちなみにユーロに対しては現在は150円台後半程度で
あり、2000年に「1ユーロ=90円」を突破するまで上昇し
た円相場がまるでウソのようです。
 この2000年以降の円安傾向は、急成長するアジアの新興国
や、原油高で潤う資源国通貨が円に対して強くなったことに加え
て、日本で景気が低迷して物価下落が続いたからなのです。
 これを見ると、もはや円ドル相場だけを見ていたのでは、市場
全体が読めなくなってきており、輸出立国をはかってきた日本も
そろそろ円安政策を見直すときであるといえます。これはまさに
経済失政そのものであり、日本の経済の現在の実力を如実に示し
ているといえます。そういう日本経済が置かれている状況を展望
した上で、原油問題を考えてみようとしているのです。
 愛読している「日経BPネット」の「田中秀征の一言啓上」の
第71回に実に面白いレポートが出ています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 小泉純一郎政権をバスに例えれば、行き先はもちろん「郵政の
 民営化」。バスの前に「郵政民営化行き」と大きく標示してあ
 る。それどころかバスの腹にも後ろにもそう書いてある。その
 上、街宣車のように、運転手の小泉さんが大声で叫びながら走
 る。小泉バスは郵政の民営化が終着点。運転手は降りてしまう
 し、バスもほかには行かない。乗客である国民は、特に郵政民
 営化に行きたかったわけではない。しかし、運転手があまりに
 確信をもって走るものだから、次第に乗客もそれに同調した。
  ――「日経BPネット」/「田中秀征の一言啓上」第71回
―――――――――――――――――――――――――――――
 田中秀征氏は自民党の政治家だったのですが、1993年6月
に自民党を離党し、新党さきがけを結成、代表代行を務めた人で
す。私の印象では、政治家というより学者タイプの人です。現在
は、福山大学教授として教鞭をとっています。
 ここで田中氏が強調しているのは、小泉元首相は「行き先」を
明らかにして走ったということです。政治において、これほど重
要なことはないのですが、それをやった総理大臣は非常に少ない
といえます。
 続く安倍バスはどうだったでしょうか。田中氏は次のように書
いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 安倍晋三政権は、バスの行き先が多すぎた。どこから先に行く
 のかもはっきりしなかった。それに運転手の技能にも乗客は危
 うさを感じた。「小泉さんが熱心に乗車を薦めたから乗った」
 という乗客も多かった。その人たちも、次第に途中で降りてし
 まった。        ――田中秀征氏の上掲レポートより
―――――――――――――――――――――――――――――
 確かに安倍政権はあれもこれもだったのです。目指すべき行き
先が多いのに優先順位がはっきりしなかったのです。それに運転
――政権運営も稚拙であったといえます。
 それでは、現在の福田バスはどうでしょうか。田中氏は次のよ
うに書いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 福田康夫首相が運転する現政権の行き先はどこだろうか。それ
 が必ずしもはっきりしていない。運転手は実直な人柄。運転も
 慎重で安全。しかし、行き先が分からなければ、不安は消えな
 い。「何を目指しているのか」、それがもっと明確であれば期
 待や支持が大きく広がるはずだ。
             ――田中秀征氏の上掲レポートより
―――――――――――――――――――――――――――――
 正直いって、福田政権の行き先は安倍政権のそれよりももっと
わからないのです。田中氏はさきの日銀総裁人事における首相の
リーダーシップはとても褒められたものではなく、新しい政権像
や首相像を打ち出す絶好の機会をこれによって逸してしまったの
ではないかと述べています。全くその通りであると思います。
 このところ目に見えて、日本の国力が落ちていることを感じま
す。それは政治のリーダーシップ――すなわち、首相のリーダー
シップが弱くなっているからであると思います。
 田中秀征氏は、福田首相が描いている政権像や首相像は、おそ
らく父・福田赳夫首相のそれではないかといっています。もし、
そうであれば、内外の環境が一変している今の日本の政治状況に
は、対応できないと指摘しています。首相は経済の現況に対して
あまりにも無関心であるように見えます。
 今回の円高は、対処のしかたが今までとは違うと思うのです。
なぜなら、今回は、その背景にドルの信認が揺らいでいるという
構造的な問題があるからです。
 ここ数年の世界経済は、経常赤字を膨大させながら消費を続け
る米国に世界中がモノを売るという危ない均衡の上になんとか成
り立っていたのですが、それがサブプライム問題を契機に限界が
来てしまったのです。
 したがって、同じ円高、株安、原油高でも従来とは異なる手を
打っていかないと、経済の展望が開けないのです。このあたりの
ことをよくチェックしながら、そのなかで、原油の問題を考えて
いきたい――そう考えています。ドルに対する円高はかなり長く
続きそうです。   ――[石油危機を読む/05]


≪画像および関連情報≫
 ●2008年3月21日/円対ユーロ
  ―――――――――――――――――――――――――――
  円は対ユーロでは3営業日ぶりに大幅に反発して始まり、そ
  の後はやや上げ幅を縮小している。12時時点では1ユーロ
  =153円35―39銭銭前後と19日の17時時点と比べ
  2円28銭の円高・ユーロ安水準で推移している。金や原油
  が大幅に続落し、商品先物相場と反対の動きを示しやすいド
  ルが対ユーロで大幅高となったことにつれて、円も対ユーロ
  で上昇した前日の海外市場の流れを引き継いだ。その後は利
  益確定目的の円売り・ユーロ買いも出て、円はやや伸び悩ん
  でいる。              ――日経ネットより
  ―――――――――――――――――――――――――――
●「田中秀征の一言啓上」/第71回

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/shusei/080321_71st/

田中秀征氏.jpg
田中 秀征氏

posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

●なぜ、日本株が下がっているのか(EJ第2293号)

 行き過ぎた不動産投資のバブルの崩壊による海外の景気減速と
米国の金融混乱がもたらす円高――これらは日本経済に深刻な影
響を与える要因になります。
 外需がダメなら内需に頼るしかないが、景気の減速による雇用
調整圧力が高まるため、個人消費の基礎となる所得環境は厳しい
ままの状態です。生活に関連する物価が上がっているのに対し、
収入は増えていないのですから、消費が大きく伸びる可能性は薄
いと考えられます。しかし、もし、消費が落ち込んでしまうと、
景気の下支えは弱くなります。
 これについて安達氏は、そうかといって消費は大きく落ち込む
ことはなく、安定的に推移すると見ています。GDP統計ベース
の家計消費と所得の関係を分析すると、消費は必ずしも所得の動
きに制約を受けていないことがわかっているからであるとしてい
ます。これを「消費平準仮説」というのです。
 この点において安達氏は楽観論に立っていますが、日本の個人
消費については悲観論も多いのです。
 BNPパリバ証券東京支店経済調査本部長の河野龍太郎氏は個
人消費については次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 中堅・中小企業を中心とした賃金回復が遅れ、原材料高による
 値上げが、家計の実質購買力を低下させ、消費を抑制する。コ
 スト増の悪影響がついに家計に波及しつつある。
  ――河野龍太郎氏/「週刊ダイヤモンド」3/1/2008
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、安達氏のいう「消費平準仮説」に立っても、1996
年〜97年の金融危機のようなことが起きると、消費は確実に大
きく落ち込むことになります。なぜなら、消費は将来の所得見通
しに基づいて決定されるからです。したがって、大手金融機関が
経営破綻するような状況になると、消費者は将来に不安を感じ、
消費を抑えることになるのです。
 幸いにもサブプライム問題が日本の金融機関の経営を揺るがし
金融不安を再燃させることは今のところ考えられないので、最悪
の事態は避けられる見通しです。
 問題は、現在の日本の景気減速の大きな原因となっている住宅
投資の落ち込みです。2005年に発覚した構造計算書偽装問題
を受けて、2006年に成立した改正建築基準法が2007年6
月から実施されたのですが、これによって、法改正以降の建築確
認申請は滞ったままの異常な状態が続いたのです。
 これは、現場知らずの国交省による法改正のミスなのですが、
そのために住宅着工は大幅に遅れ、日本の景気の足を引っ張った
のです。国交省といえば、目下道路特定財源の問題で火の車です
が、こんなひどいミスも冒しているのです。
 といっても、2008年1月の住宅投資は、年率換算で120
万戸まで回復しており、マイナス効果は一巡したと見られるので
す。しかし、これは景気の下支えにはなるものの、景気を上へ引
き上げる力はないと安達氏はいっているのです。
 つまり、日本経済は海外の景気減速や円高によって、沈むこと
はないものの、そうかといって、自力で上に上がることはできな
い状態なのです。これが「日本経済は浮遊する」理由のひとつで
ある――このように安達氏はいっています。
 それでは、日本経済を「浮遊」ではなく、「上昇」させるには
どうすればいいのでしょうか。
 重要なことは、欧州を中心とする不動産バブルは明らかに崩壊
しつつあるが、日本はそのブームの完全に蚊帳の外にいるという
事実です。一般的にいって、バブルの崩壊局面において、バブル
の拡大場面で対象外であった金融資産の評価は相対的に改善する
ものです。日本株こそまさにその金融資産であるといえます。ま
して、日本はサブプライムローン問題でも蚊帳の外なのです。
 しかし、ここで大きく値を上げていいはずの日本株が前にも増
して相対的下落――アンダーパフォームしているのです。アンダ
ーパフォームとは、その株の株価上昇率が日経平均などの株価指
数を下回ることをいうのです。反対語としてアウトパフォームと
いう言葉がありますが、これはその株の株価上昇率が日経平均な
どの株価指数を上回ることをいいます。
 ここで添付ファイルを見ていただきたいのです。これは、20
03年1月以降の日米相対株価の推移をあらわしています。日本
株は2005年8月の郵政解散以降、米国株にアウトパフォーム
して上昇してきたのですが、それを止めてしまったのは2006
年3月9日の日銀による量的緩和解除であり、アンダーパフォー
ムを決定づけたのは、2007年2月21日の日銀の第2次利上
げと7月29日の参院選での自民党の大敗、さらに9月13日の
安倍晋三内閣の突然の退陣だったのです。グラフはそれをはっき
りとあらわしています。
 日本の悪いくせは、少し景況感が回復すると、すぐ金融を引き
締め、改革路線を後退させてしまうことです。とくに2007年
5月1日の三角合併解禁以降の「外資締め出し・金融鎖国」路線
は大きな問題です。三角合併解禁とは、消滅会社の株主に存続会
社の親会社の株式を交付して企業合併ができるようになったこと
をいいます。
 問題だというのは、この法律によって、比較的簡単に企業を買
収できるようになるということで、主要企業による相つぐ買収防
衛策の発表や外資に対する空港設備規制の動きが顕在化している
ことです。なかでもまずかったのは、空港設備規制の動きが、福
田首相がダボス会議において、今後も改革路線を推進すると発言
して日本に帰国した直後に顕在化したことです。
 これでは、そうでなくても外国人投資家への依存度が大きい株
式市場から外国人投資家が逃げ出すのは当然のことです。外国人
投資家から見ると、日本が何を考えているかわからなくなってし
まっているのです。日銀総裁の空席もその一環として大きなマイ
ナスになっているのです。    ――[石油危機を読む/04]


≪画像および関連情報≫
 ●アンダーパフォームとアウトパフォーム
  ―――――――――――――――――――――――――――
  一定の期間にその株がどれだけの収益を投資家にもたらした
  か(もたらしそうか)を測る場合には、「その期間に何%上
  昇したか(上昇しそうか)」という絶対評価と、「平均的な
  収益を何%上回ったか(上回りそうか)」という相対的な評
  価がある。アンダーパフォームは相対的な評価に使う。アナ
  リストが投資判断する時に使う。比較対照となるのは、日経
  平均やTOPIXなどの株価指数で、それらをベンチマーク
  と呼ぶ。反対語はアウトパフォームである。
    http://allabout.co.jp/glossary/g_money/w001663.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

日米相対株価の推移.jpg
日米相対株価の推移
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月27日

●漂流を続ける日本経済(EJ第2292号)

 止まらない円高――前回のレポートでも述べたように、この円
高トレンドは簡単には収まらないと考えられます。それでは、今
後日本経済はどうなっていくのでしょうか。
 多くの経済の専門家が今後の日本経済の展望について述べてい
ますが、「週刊エコノミスト」3月25日特大号に掲載された安
達誠司氏――ドイツ証券シニアエコノミストの次の論文は大変参
考になります。
―――――――――――――――――――――――――――――
   小さくなる自立余地
   『頼りは「米国回復」だけ日本経済の漂流は続く』
    ――ドイツ証券シニアエコノミスト/安達誠司氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 以下、安達氏の論文をベースにして、今後の日本経済の展望に
ついて述べていくことにします。
 今や米国の景気は、リセッション(景気後退)入り直前のとこ
ろにきています。この米国の景気後退は世界経済にどのような影
響を与えるのかについては、次の2つの考え方があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.米国のリセッションは世界経済に相応のマイナスショッ
   クを与える ・・・ リカップリング(再連動)論
 2.米国のリセッションがあっても、新興国などが世界経済
   を牽引する ・・・ デカップリング(非連動)論
―――――――――――――――――――――――――――――
 2008年に入ってから世界的な株価調整が行われており、現
時点では、上記リカップリング(再連動)論が優勢となっている
と安達氏は指摘しています。
 日本では、3月13日の日経平均株価終値は、1万2433円
44銭となっており、約2年7ヶ月ぶりの安値水準に落ち込んで
います。2007年2月26日から今年の3月11日までの株価
騰落率を主要株価指数で示すと次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
   米国ダウ平均 ・・・・・・・・・・  3.8%減
   英国FTSEIOO ・・・・・・・ 11.6%減
   日経平均 ・・・・・・・・・・・・ 30.5%減
―――――――――――――――――――――――――――――
 サブプライムローンではほとんど傷を負っていない日本の株式
の下落幅は突出しています。もともと日本の経済の体質が外需依
存経済であることと、株式市場においても外国人投資家への依存
度が高いので、こういう結果になったものと思われます。
 今後起こりうることとして輸出の減速が考えられますが、安達
氏によると、これはリカップリング(再連動)論による影響では
ないというのです。
 つまり、米国経済の後退による欧州や新興経済圏への外的ショ
ックが日本の輸出の減速をもたらすのではなく、それらの国々の
行き過ぎた不動産ブームがもたらしたインフレ懸念と、それを封
ずるための金融引き締めによって景気が減速し、それによって起
こるといっているのです。すなわち、リカップリングではなく、
デカップリングによるものであると安達氏はいうのです。
 欧州及び新興経済圏では、2003年以降の約4年間、金融緩
和政策を取っており、それがグローバルな不動産ブームを巻き起
こしたのです。この不動産ブームは、日本が比較的優位を有する
建設機材や発電機などの資本財や自動車の輸出を拡大させたので
すが、その不動産ブームが行き過ぎたことにより、インフレが懸
念されるまでなったのです。
 このようにして、この不動産ブームは欧州では既に終焉を迎え
ていますが、新興経済圏では今も金融引き締めが強化されている
のです。その結果、当然のことながら景気は減速することになる
のです。これにより、日本の輸出は減速することになります。こ
れについて、安達誠司氏は次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 この(不動産ブーム)の終焉とそれに伴う当該地域の内需減退
 は、これらの日本の輸出、いや、日本経済全体を牽引してきた
 比較的優位産業の業績悪化につながりかねない。輸出産業の企
 業業績予想では、米国経済の減速は大方織り込まれているもの
 の、現時点では、欧州や新興経済圏の減速は織り込まれていな
 いと思われる。 ――「週刊エコノミスト」3月25日特大号
―――――――――――――――――――――――――――――
 さて、サブプライムローン問題に端を発した米国における金融
混乱はFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長によって
積極的な金融緩和策が実施されています。
 米プリンストン大学のクルーグマン教授は、金融緩和に加えて
ゼロ金利の必要性を説いています。これに関してFRBは、20
02年に次の論文を発表しており、1990年代に日本が実施し
た金融政策をFRBが取る可能性があります。これは、当時日銀
(速水総裁)の取った量的緩和とゼロ金利政策が、適切な政策で
あったということを示しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   『デフレを回避するために――90年代日本の教訓』
                      ――FRB
―――――――――――――――――――――――――――――
 もし、米国がゼロ金利と量的緩和を取った場合、それは日本経
済にとってかなりの円高インパクトをもたらすことになる可能性
があります。
 そうすると日本経済は、新興経済圏の景気減速と長期化する円
高のダブルショックを浴びることは確実であり、外需依存を強め
た日本経済の成長率をかなり押し下げる可能性があると安達氏は
予測しています。
 こういう状況において、日本はどのように舵取りをしたら良い
のでしょうか。この問題については、明日のEJで考えることに
します。            ――[石油危機を読む/03]


≪画像および関連情報≫
 ●デカップリングとリカップリング
  ―――――――――――――――――――――――――――
  デカップリングとは、元々、何かと何かを離す、あるいは分
  離することを意味する。昨年、米国でサブプライム問題が表
  面化した後、経済専門家による、この言葉の使用頻度が眼に
  見えて上昇した。彼らが言うデカップリングの意味は、サブ
  プライム問題によって減速傾向が顕在化しつつある米国経済
  と、その他の諸国、特に高い成長率を続ける新興国の経済が
  離れる=違った方向に進む、つまり、米国の経済が減速する
  一方、新興国の景気は堅調な展開を続けるという見方だ。新
  興国の経済が堅調であれば、世界経済も、それほど米国の影
  響を受けないで済むというのがデカップリング論の概要だ。
  デカップリングの反対が、リカップリング=動きが一緒にな
  る、つまり、米国経済の減速で、世界経済全体の景気が悪化
  するとの考え方だ。
       ――http://diamond.jp/series/keywords/10020/
  ―――――――――――――――――――――――――――

安達誠司氏.jpg
安達 誠司氏
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

●円高が加速する要因を探る(EJ第2291号)

 円が1ドル=100円を割ったのは、2008年3月13日の
ことです。円が100円割れを起こしたのは、1995年10月
以来、12年5ヶ月ぶりのことなのです。
 しかし、今回の円高は12年前の円高と比べるとかなり違って
います。これに関して、財務省幹部は「円高ではない」といい、
日本経団連の御手洗富士夫会長は、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 円高というよりドル安。日本の産業も過去10年の不況で鍛え
 られ、筋肉体質になり、抵抗力が強くなっている。
             ――日本経団連の御手洗富士夫会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、今回の円高は2週間で8円も上がるなど、急速な円高
となっています。どうして、円高は加速したのでしょうか。これ
を理解するには、背景的な事実を知る必要があります。
 「円キャリートレード」というものがあります。これが、20
05年から2007年前半まで主として海外の投資家を中心に盛
んに行われ、円安を加速してきたといわれています。
 「円キャリートレード」とは、低利の円を調達して高金利通貨
で運用して金利差を稼ぐ運用方法のことです。いま多くの個人投
資家が行っている外国為替証拠金取引(FX)も円キャリートレ
ードの一種といえます。
 なぜ、これが流行したかというと、2002年〜2005年に
かけて各国中央銀行による超金利緩和政策によってお金が豊富に
出回り、市場が大きく上下動しなくなったからです。市場のこう
いう状態を「ボラティリティが低い」というのです。
 こういう時期は、トレーダーや投資家は、為替や債券、株式を
売って値ざやを稼ぐことが難しいので、持っているだけで利益が
出せるキャリー取引を活発化させようとするのです。その結果、
本来は経常収支の黒字によって円高が進行するはずの日本で、円
売りが多いために、逆に円安が進行していたのです。
 ところが、2007年の夏以降のサブプライムローン問題を契
機にして、市場が「ボラティリティが高い」という状態になって
しまったのです。この状態になると、円キャリートレードを新た
に行うメリットは消滅します。
 この円安を後押ししていた円キャリートレードの魅力がなくな
ることによって、円高になりやすい状態になったのですが、金利
が低く、先行きの経済成長も望めない日本の通貨をどういう人が
果たして買うのでしょうか。
 今回の円高加速要因について、JPモルガン・チェース銀行の
佐々木融氏は、こういう状況において市場が円を買う理由として
次の3つを上げています。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1.日本は多額の貿易黒字を抱えていること
   2.日本は世界最大対外純資産国であること
   3.円キャリトレードの巻き戻しがあること
―――――――――――――――――――――――――――――
 第1の要因から考えることにします。
 日本は多額の貿易黒字を抱えている国です。貿易黒字は輸出か
ら輸入を引いた数がプラスになることをいうのです。日本で作っ
たものを日本人が買わないと貿易黒字は増えます。
―――――――――――――――――――――――――――――
     貿易黒字額 = 輸出額 − 輸入額
―――――――――――――――――――――――――――――
 それでは、なぜこれまで日本は円安だったのかというと、日本
の投資家と企業による対外投資額が貿易黒字額よりも多かったか
らであるといえます。
 具体的にいうと、2005年と2006年の対外投資額は、年
間14兆〜15兆円であるのに対し、貿易黒字額は年間10兆円
前後だったのです。そうすると、対外投資には円売りを伴うので
差額の4〜5兆円分が円安になります。
 しかし、2007年の対外投資額は12兆円程度に減る一方、
貿易黒字の方は12兆円程度と増えて、円売りと円買いの額が拮
抗したのです。日本は貿易黒字から生ずる円買いが常に存在する
ので、対外投資が貿易黒字以下になると円高になるのです。
 続いて第2の要因について考えます。
 日本は世界最大の対外純資産国であり、その額は、2006年
末現在で、215兆円もあるのです。その多くは対外証券投資で
すが、それらを国内に持ってくるとき円買いを行うので、結局は
円高になります。
 これだけドル・円相場が下がっているので、為替リスクを嫌う
日本の投資家が、外貨建て証券を手仕舞いして、円を買い戻すこ
とも十分起こりうるのです。このように、円を買う理由はいくら
でも出てくることになります。
 最後に第3の要因について考えます。
 実は円キャリトレードはさまざまな形で広範に行われているの
です。例えば、専門的になりますが、海外における円建て住宅ロ
ーン、輸出企業におけるヘッジの遅れ、輸入企業による長期の為
替予約、外国人投資家の保有する日本株の為替ヘッジなどです。
 これらのキャリートレードが積み上がっている状態は、いずれ
急激な円高を引き起こす要因となるのです。いずれにせよ、これ
らは今後、円買い戻しの中心になり、円高を加速するのです。
 ここまで輸出立国をはかってきた日本では「円安は景気にプラ
ス」というのが常識でしたが、この常識に対して異論が出ている
のです。それは、「円高が進むと、GDPを0.4 %〜0.5 %
押し上げる効果がある」という説がそうです。
 実際に2005年頃から、輸出物価が上昇基調なのに、輸出数
量が増えているのです。これは高機能の薄型テレビや工作機械と
いった海外メーカーが真似ができない輸出品の割合が増えている
ためなのです。また、円高になると、高騰している原油の輸入価
格が下がるメリットもあります。 ――[石油危機を読む/02]


≪画像および関連情報≫
 ●円キャリートレードの巻き戻しについて
  ―――――――――――――――――――――――――――
  [東京 2007年6月8日 ロイター] 渡辺博史財務官
  は8日、都内での講演で、円キャリートレードについて、巻
  き戻しがあっても大きなものにはならないとの認識を示した
  うえで、現時点で大きなリスクはないと述べた。渡辺財務官
  は、世界経済について安定しているとの認識を示すとともに
  日本経済に関しても「企業部門の利益が上がっており、個人
  消費も高まっている。ますます労働市場は引き締まると考え
  ている」とし、良好な状態にあるとした。
  http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26345120070608
  ―――――――――――――――――――――――――――

佐々木融氏.jpg
佐々木 融氏



--------------------------------------------------------------------------------
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

●財務省が国家を動かしている(EJ第2290号)

今日からテーマが「石油危機を読む」に変わります。この記事
は、2008年3月24日から2008年6月6日までの52回
にわたって掲載したものであることをお断りしておきます。
 株安、円高、原油高――日本の経済状況が大きく変調をきたし
ています。今までも株安、円高はありましたが、そのときの原油
価格は「1バレル=17ドル」程度、現在の原油価格は「1ドル
=100ドル」をはるかに超えています。
 3月22日付の日本経済新聞は、「2つの『100』企業に重
荷」と題して次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (2つの『100』の一つは)1ドル100円を突破した円相
 場。このまま推移すると円高による営業利益の減少額は来期、
 トヨタだけで5000億円。ホンダ、日産自動車も含めた大手
 3社では計1兆円強に達する。もう一つの「100」は1バレ
 ル100ドルを突破した原油先物市場。こうした資源価格の上
 昇は鋼材や部品のコスト上昇要因になる。
            ――3月22日付の日本経済新聞より
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで、原油はなぜこのように高騰しているのでしょうか。
そもそもどのようにして原油価格は決まるのでしょうか。そして
この原油高はいつまで続くのでしょうか。
 石油の問題は分からないことが多いものです。そこで、EJで
は、『石油危機を読む』と題して、石油の問題にメスを入れ、そ
れを中心に日本経済の問題を考えていきたいと思います。しばら
くはその周辺問題について書きます。
 3月16日のテレビ朝日の『サンデープロジェクト』で、民主
党の鳩山幹事長が非常に印象的な発言をしたのです。それはキャ
スターの田原総一郎氏が、鳩山幹事長に対して次のように聞いた
ときのことです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主党党首の小沢一郎氏は、自民党が日銀の総裁候補として提
 示しようとしていた武藤敏郎氏をなんとなく容認するような姿
 勢を見せていたのになぜ一転して拒否する姿勢に転じたのか。
                     ――田原総一郎氏
―――――――――――――――――――――――――――――
 この問いに対して鳩山幹事長は、次のような趣旨のことを答え
たのです。これはまさしく民主党の本音であったと思います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 民主党は今度衆院選があると、政権が取れる可能性がある。そ
 の場合、もし今回武藤氏を拒否すると民主党は財務省を完全に
 敵に回すことになる。それでスムースな政権運営ができるのか
 ということまで考えたからである。  ――鳩山民主党幹事長
―――――――――――――――――――――――――――――
 これは、実に驚くべき発言であると思います。なぜなら、それ
は財務省という存在が、いかに強力で抗し難い組織であるかを如
実に表しているからです。そういうことになると、日本という国
を動かしているのは、政府でも自民党でもなく、財務省というこ
とになります。
 それに、「武藤日銀総裁案」に民主党をはじめとする野党が参
議院で不同意にしたことに対して、与党にどちらかというと批判
的な朝日新聞まで含めて、日本のほとんどの新聞が一斉に非難を
したことです。これも極めて異常な現象です。ここにも財務省の
力が働いていると考えられます。
 野党の武藤氏不同意には、いくつかの情報が飛び交っているの
です。そのひとつに武藤氏の英語力に問題があるという説があり
ます。これは複数の情報源から情報で、民主党も把握しているは
ずですが、個人の能力に関することなので、正面きっていえない
ので、「財政と金融の分離」の原則に反する人物として反対を打
ち出したと考えられます。
 それならば、民主党は自民党が最後に提案してきた田波耕治氏
をなぜ拒否したのでしょうか。
 田波氏を強く推したのは、元大蔵次官の保田博・資本市場振興
財団理事長と財務省の意向を受けた額賀福志郎財務相であるとい
われています。ちなみに保田博氏は、福田首相の父、赳夫元首相
の秘書官を務めた人物です。実は、財務省が田波耕治氏を推した
のには深い読みがあるのです。これに関しては、須田慎一郎氏が
自らのコラムで財務省有力0Bの言葉として、次のように述べて
います。
―――――――――――――――――――――――――――――
 田波氏はその入省年次において武藤前副総裁よりも2つ上、と
 いうのが今回の“提案”の最大のポイントだ。霞ヶ関的発想で
 言うならば、年次が上の田波氏が日銀総裁に就任するというこ
 とは、武藤氏が日銀総裁に就任する目が残ることを意味する。
 つまり、田波氏の役割は、晴れて武藤氏が日銀総裁に就任する
 までの“つなぎ役”というところにあったのだろう。
  ――3月19日『夕刊「フジ」/金融コンフィデンシャル』
―――――――――――――――――――――――――――――
 驚くべき深謀遠慮です。何が何でも武藤日銀総裁実現のための
あの手この手です。成功すれば、かつて慣例となっていた日銀総
裁の財務省と日銀とのたすきがけ人事の復元になるのです。どう
しても日銀総裁を財務省の天下りポストにしたいわけです。
 国益よりも省益優先――これは実に困った問題です。米国のサ
ブプライムローン問題で米国経済に赤ランプが点り、日本経済に
影響が出てきているこの大事なときに、すべての省庁に隠然たる
勢力を持つ財務省が省益優先ですから、せっかく回復しかけてい
る日本経済を失速させかねないからです。
 株安、円高、原油高の現在の状況において、政府は何一つ有効
な手が打てていないのです。それどころか、財務省はこの経済状
況において、本来行うべきは減税政策なのに、逆に増税すら画策
しているのです。いや、事実上の増税路線を敷いているのです。
それは恒久減税と称した定率減税を廃止し、暫定税率を維持させ
ようとしているからです。これは、増税以外の何ものでもないと
いえます。           ―― [石油危機を読む/01]


≪画像および関連情報≫
 ●日銀総裁「迷走」は官僚の利権への執念が原因
  ―――――――――――――――――――――――――――
  福田政権の動きがおかしい。おかしいとは、滑稽という意味
  ではなく、「変」ということだ。3月18日、日銀総裁人事
  で、参議院で蹴られた武藤氏を再度提出したかと思えば、今
  度はすぐに、やはりたすきがけ人事のセオリーで元大蔵政務
  次官の田波耕治氏(68)を総裁候補にするとの意向を示し
  た。またもう一人の副総裁には日銀審議委員の西村清彦氏と
  のことだ。これについて、民主党は、西村氏については同意
  したが、田波氏の総裁就任は「不同意」とした。またもや福
  田政権の意向は、肩すかしを食らった格好だ。
http://www.news.janjan.jp/government/0803/0803183068/1.php
  ―――――――――――――――――――――――――――

鳩山民主党幹事長.jpg
鳩山民主党幹事長
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

●米国が日本に仕掛けた3つの罠(EJ第2388号)

 日本は世界第2位の経済大国といわれています。しかし、国民
の暮らしは経済大国の割にはけっして良いとはいえないのです。
それは、同じように第2次世界大戦の敗戦国であるドイツと対照
的であるといえます。なぜなら、ドイツの国民の方が日本よりも
はるかに良い暮らしをしているからです。
 ドイツと日本の間には通貨に対する認識の相違があります。ド
イツを含むヨーロッパ諸国では、金本位制の時代には金を外貨準
備として保有することが原則だったのです。第2次世界大戦前の
ヨーロッパでは、英国のポンドが準備通貨として圧倒的な地位を
確立していたのです。
 第2次世界大戦後しばらくしてからドイツは自国通貨のマルク
を準備通貨として大事に育てていたのです。自国通貨が準備通貨
である意味をドイツはよく知っていたのです。
 これに対して日本は、純債権大国になりながら、準備通貨とし
ては円ではなく、ドルを保有したのです。日本では歴史的に「在
外正貨」という方針をとっており、金を国内に持ち帰えらなかっ
たし、外貨を円に交換して持ち帰ることもしなかったのです。
 もうひとつ、ドイツを含むヨーロッパと日本をはじめとするア
ジアでは通貨の考え方は次のように異なるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  ヨーロッパ ・・・ 製品やサービス等の購入手段
    アジア ・・・ 通貨こそは蓄財の手段である
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本はあくまで輸出立国の経済モデルにこだわっており、日本
経済は外需依存体質から抜け出せないのです。しかし、こういう
考え方に立脚している限り、日本は米国の植民地的ポジションか
ら脱却できず、国民の暮らしは豊かにならないのです。
 これについて、経済同友会元副代表の三国陽夫氏は次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 一方、(ニクソン・ショック以後も)日本はアメリカに対し円
 での支払いを求めない。円で支払いを求めると、アメリカの輸
 入業者が外国為替市場でドルを売って円を買い求める。そうな
 ると、日本はすでに輸出超過のためドルが大量に供給されてお
 り、円相場が切り上がり、輸出・採算が悪化する。しかも、日
 本が保有するドルは、アメリカ以外の国への支払いにも使える
 し、運用も有利になるため、日本は多額のドルを持つことに問
 題があるとは考えなかった。実際はアメリカの買い物の支払い
 代金を立て替えることになり、その資金繰りに追われることに
 なるが、日本はそれに気がつかない。決済上はアメリカがドル
 を支払い、日本はそのドルを受け取る。しかし、このドルは、
 ドルのままでは日本国内の経済活動には使えない。したがって
 日本はアメリカにドルを貸し置くしかなく、巨大赤字国アメリ
 カは巨大黒字国日本からいくらでも輸入することが可能になる
 のである。     ――三国陽夫著/文春新書/481
        『黒字亡国/対米黒字が日本経済を殺す』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 既出の副島隆彦氏によると、米国は日本に対し、次の3つの罠
にはめて、抜け出せないようにしていると指摘しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1.超低金利
           2.円高攻撃
           3.財政赤字
―――――――――――――――――――――――――――――
 まず、米国は日本との金利差をつねに3%以上開かせるように
しています。こうしておけば、自動的に日本から米国に資金が流
れるからです。
 しかし、現在米国は深刻なサブプライム・ローンによる不況に
襲われつつあり、金利を下げざるを得ないのです。しかし、あま
り下げてしまうと、インフレの心配があるし、日米の金利差も小
さくなってしまうのです。
 輸出代金をドルで受け取り、それを円に替えて日本に持ち帰ろ
うとすると、上記の三国氏の指摘の通り円高になるし、米国も何
かことがあると円高攻撃を仕掛けてくる――副島氏によると、日
米で次の暗黙の了解があるそうです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   1ドルは110円を中心に上下10円の幅で動く
―――――――――――――――――――――――――――――
 もうひとつ、副島氏は「日本の財政赤字によってドル暴落が回
避されている」と指摘しています。これについて、副島氏は次の
ように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の財政破綻状態を考える上でしっかり押さえるべきは「日
 本の公的債務残高(財政赤字)が積み上がっているために、ド
 ル暴落が回避されている」という事実である。日本の公的債務
 残高は対GDP比で200%を超えている。現在のGDPは実
 質で420兆円ぐらいだから、880兆円の中央政府(日本財
 務省)の分の赤字国債発行高のちょうど2倍になっているだか
 ら200%である。そのために、資金の国際的な移動の面だけ
 から見た場合は、日米間の国際収支不均衡(ワールド・トレイ
 ド・インバランス)の拡大が、かえって抑制されているのであ
 る。だからドル暴落が回避されているのである、という厳然た
 る事実である。         ――副島隆彦著/徳間書店
       『ドル覇権の崩壊/静かに恐慌化する世界』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、「金の戦争」で敗れた米国は今後どうなっていくので
しょうか。それは日本にも大きな影響があります。
 47回にわたって連載した「金の戦争」は今回で終了すること
にします。           [金の戦争/47/最終回]


≪画像および関連情報≫
 ●準備通貨とは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  準備通貨(じゅんびつうか)は、各国政府もしくは金融当局
  の外貨準備において相当量を占める通貨を指す。準備通貨高
  は石油や金のような国際間で取引される商品の価格に大きな
  影響を与える。近年では特にアジア諸国が自国通貨のレート
  を下げて輸出競争力を高めるため、およびアジア通貨危機の
  ような事態に備えるために外貨準備高を引き上げる傾向にあ
  る。準備通貨は発券国の国力を考慮して選択されるが、その
  変遷には長い時間がかかる。     ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

「ドル覇権の崩壊/副島隆彦著」.jpg
ドル覇権の崩壊/副島 隆彦著
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月17日

●ブレディ債と9.11の関係(EJ第2387)

 前回、2000年から2004年にかけて巨額のドルが使われ
ていると書きましたが、その巨大なドルとは何なのでしょうか。
これは「ブレディ債」ではないかといわれているのです。
 「ブレディ債」とは何なのでしょうか。
 1989年のブラジル危機のときの話です。レーガン政権下の
ブレディ財務長官がとった民間銀行に対する債務削減構想に関連
して、後に「ブレディ債」と呼ばれるようになったのです。
 米国の銀行と証券会社がブラジルに投資したのですが、ブラジ
ルが支払い不能になったのです。そこで、IMFに対してSOS
を出してきたのです。つまり、支払い不能になった赤字分を補填
して欲しいといってきたのです。
 しかし、IMFは民間企業の救済はできないのです。そこで、
IMFと民間企業は米財務省と相談したのです。時の財務長官の
フレディは次の指示を出したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  その赤字国の債務を一つの証券にして一般投資家に売れ!
―――――――――――――――――――――――――――――
 債務はある程度カットされ、財務省はこの証券の保証をしたの
です。これがブレディ債なのです。このかたちをとると、IMF
は結果として民間企業を支援できるのです。ちなみにこのアイデ
アは、真偽のほどはわかりませんが、当時日本の大蔵大臣であっ
た宮沢喜一氏の考案によるものという説もあります。
 既出の鬼塚氏は、2000年から2004年にかけてこのフレ
ディ債と同じ手法で巨額のドルが生み出され、金デリバティブの
ために使われたのではないかといわれているのです。
 この件について、鬼塚氏はリチャード・コシミズなる人物の著
書を引用して次のように興味ある事実を述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 WTC(ワールド・トレード・センター)の101階から10
 5階に入居していたのが、カンター・フィツツジエラルド証券
 という債券ブローカーである。1000人いた従業員のうち、
 700名近くが911攻撃で落命したという。さて、このカン
 ター証券には、9月12日に償還期限の来る、1200億ドル
 分のプレデイ債券が保管されていたという。そして、その債券
 は、ビルごと「蒸発」した。また、WTCの地下には1200
 億ドル相当分のプレデイ債の担保にあたる金塊が保管されてい
 たという。それらは、殆どが9.11 当日朝までに運び出され
 いまだに行方がわからないという。
     ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解ら
            /金の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 このことに関連して、9.11 でWTタワーが崩壊した直後に
起きたことについて、鬼塚氏は次のようにも書いています。FE
MAとは何なのでしょうか。実に不気味な話です。
―――――――――――――――――――――――――――――
 9.11 テロの数日前からテロ対策の訓練をし、テロが発生し
 ててWTタワーが崩壊すると、人命救助を一切せず、鉄骨の屑
 をトラックに積み、港に直行して船に載せ中国へと運んだ軍隊
 のような組織があった。この実行部隊がFEMA(連邦緊急事
 態管理庁)である。私はプレデイ債券が消えたことを書いた。
 あの時、ビルの地下に金が貯蔵されていることになっていた。
 FEMAは鉄骨とともに人間の死体だけを残して、金塊を運び
 去った。           ――鬼塚英昭氏の前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 実は、9.11 のとき同時に攻撃を受けたペンタゴンでは、O
NI(米国海軍諜報部)という組織があって、ブレディ債につい
て調査を進めていたというのです。ペンタゴンが攻撃されたのは
そのためではないかといわれているのです。
 金の戦争という表面にはけっして出ない戦争で米国は敗北した
のです。しかし、真相は表には出せない――そこで勝者と敗者の
間に手打ちが行われ、ワシントン合意が成立して、金の戦争は終
わったのです。巨額のドルが使われたことによって金デリバティ
ブのディーラーたちは大きな赤字を出すことなく、金の先物市場
から静かに撤退したのです。
 そして、このワシントン合意頃から次の情報が流されるように
なっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
     アメリカはやがて金本位制を採用する
―――――――――――――――――――――――――――――
 鬼塚氏によると、米国に既に金はなく、この情報はわざと流さ
れているディス・インフォメーション(偽情報)であるといって
います。もともと「米国は金本位制に復活か」の可能性を検証す
るための今回のテーマだったのですが、確証はないものの、どう
やらその可能性は低いと考えられます。そうであるとしたら、今
後米国はどうなっていくのでしょうか。
 9.11 については、ここにきて意外なことに金の問題と結び
ついてきています。なお、9.11 の真相に関しては、次の講演
が大変興味深いので、時間があるときにご覧ください。すべて見
ると、3時間24分かかります。この事件の闇は深いです。
―――――――――――――――――――――――――――――
http://video.google.com/videoplay?docid=-3859363222910740882&hl=en
―――――――――――――――――――――――――――――
 ところで、今後通貨はどうなるのでしょうか。もし、デル・バ
ンコ一族が金の独占に成功したのが本当であれば、新しい通貨シ
ステムを打ち出してくることが考えられます。
 新しい通貨の内容はわかりませんが、なぜか名前だけは出てき
ています。それは「フェニックス」という名前なのです。これは
世界通貨の名前なのでしょうか。そのさいに、金はどのように使
われるのでしょうか。今回のテーマ「金の戦争」は次回で終了し
ます。                ― [金の戦争/46]


≪画像および関連情報≫
 ●世界通貨「フェニックス」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  アメリカ人、日本人、ヨーロッパ人、そしてその他の多くの
  金持ち国の人々、そしてさらに若干の比較的貧しい国の人々
  は、同一の通貨で買い物をするであろう。その価値はドル、
  円、ドイツ・マルクなどでは表現されないであろう。それは
  「フェニックス」で計算される。フェニックスは、今日の通
  貨よりも便利なので、企業や消費者に好まれるであろう。そ
  の通貨は三〇年以内に登場するであろう。
     ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解ら
            /金の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
  ―――――――――――――――――――――――――――

9.11/世界同時多発テロ.jpg
世界同時多発テロ
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月16日

●ワシントン合意の前の手打ち(EJ第2386号)

 ある勢力が金を独占するとどうなるかについて考えてみましょ
う。金鉱山会社全体の時価総額は約600憶ドル、金の市場価格
――民間保有と公的保有の合計は約1兆6000憶ドル、これに
対して民間が保有している現金と金融資産の合計は、世界全体で
150兆ドルを上回るのです。
 このように考えると、この世の中で金が占める価値は案外低い
といえます。しかし、ドルやユーロや円で計算されている現金と
金融資産は、いつかこの世から消える運命にあるといっても過言
ではないのです。
 株式市場の崩壊やドルの大暴落が起きれば、現金と金融資産は
いつ消えても不思議はないのです。そのときは、今は100分の
1の金融価値しかない金が100倍の価値となって、金が市場の
支配権を握る可能性もあるのです。
 もし、本当に世界中の金がある勢力――仮にデル・バンコ一族
に独占されたとすると、デル・バンコ一族は市場を独占し、今ま
で米国が受けていた「法外の特権」を米国に代わって掌中にする
ことになるのです。
 現在、米国は膨大な貿易赤字を抱えています。この貿易赤字が
ひどくなったのは、クリントン政権のときです。クリントンが大
統領に就任した1993年から、貿易赤字は毎年著しく増えてい
るのです。1992年には390憶ドルの赤字でしかなかったも
のが、2000年には3600憶ドルになっているのです。なん
と10倍に膨らんでいるのです。
 この米国の貿易赤字をどう見るかについてはいろいろな意見が
あります。しかし、金の戦争に米国は敗れたという観点に立つと
その先行きには大きな不安が伴うのです。
 「プランチャード・エコノミック・リサーチ」誌は、次のよう
にコメントしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アメリカがこれほど長いこと巨額の貿易赤字を垂れ流し続けら
 るのは、アメリカに輸出することで潤っている国々が、輸出の
 受け取り代金の多くをアメリカの株式や財務省証券に投資して
 いるからである。しかし、弱気な株式市場と迫りつつある『ハ
 ード・ランディング』は、このすべてを変えかねない。現に外
 国人は、アメリカの低迷する株式市場に、魅力を感じなくなっ
 ている。さらに悪いことに、外国人が財務省証券を大量に保有
 しているということは、アメリカの金融システム全体が外国発
 のリスクにさらされるということである。財務省証券の外国人
 保有者の中には、中国共産党を含む海外の政府や中央銀行があ
 る。中国はアメリカを敵国とみなしていながら、アメリカ財務
 省証券を1000億ドル以上と、世界で3番目に多く保有して
 いる。これは、中国と紛争が起きた際には、アメリカの金融シ
 ステムがまっ先に攻撃されるということを意味するものだ。
   フェルディナント・リップス著/大橋貞信訳/徳間書店刊
   『いまなぜ金復活なのか/やがてドルも円も紙屑になる』
―――――――――――――――――――――――――――――
 今や米国の国債を大量に有している国は日本だけでなく、中国
が際立っているのです。米国からすれば、日本は大丈夫だが、中
国が大量に米国債を有していることには大きな不安を持つ人が多
いのです。
 2000年12月5日の米国下院におけるトラフィカント議員
の発言もその不安を訴えています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 議長、アメリカの9月の貿易赤字は、350億ドルに達しまし
 た。たった1カ月だけで、350億ドルです。このままいけば
 アメリカの一年間の貿易赤字は4200億ドルになります。も
 しこの状況が続けば、1929年の大恐慌が、自動車の接触事
 故くらいにしか思えないほどひどい恐慌が発生するでしょう。
 さらにひどいことに、現在中国は1000億ドルの現金をアメ
 リカから持ち去り、ミサイルを購入して、われわれにその照準
 を合わせているのです。われわれは何と愚かなことでしょう。
 レーガン大統領が共産主義をほぼ壊滅させたのに、クリントン
 政権は共産主義に再投資し、今や援助すらしているのです。
        ――フェルディナント・リップスの前掲書より
―――――――――――――――――――――――――――――
 海外から一年間で4000億ドル以上を借り入れることなどで
きないのです。そういう意味で米国の貿易赤字は既に限界に達し
ているということができます。
 既出の鬼塚氏によると、1999年9月26日のワシントン合
意において金の戦争には決着が着いたといっています。勝者と敗
者が明らかになったのです。勝者はCOMEXを閉じなければな
らないでしょう。しかし、いくらリアルの金を独占しても、バー
チャルな金が動いているのです。COMEXでは、1日に800
トンから1000トンを超えるバーチャルの金が取引されている
のです。これを一度につぶすのは困難であり、徐々にそれを行う
必要があります。
 具体的にいうと、相当巨額の資金を投入して金の価格を下げて
金デリバティブを弱体化させる――これを行う必要があります。
鬼塚氏によると、「ある種の法を無視したマネーロンダリング後
の大金が勝者暗黙の了承のもとに流れている」とまでいっている
のです。
 鬼塚氏はさらに大胆な推理を展開します。そこで使われたとみ
られる大金とは、ドイツ連銀の金ではないかと見られています。
金の戦争の敗者である金デリバティブのディーラーたちは、ドイ
ツ連銀の金を秘密裡に米財務省から受け取り、金デリバティブの
規模を縮小させるため、使われたと考えられます。
 それは、ワシントン合意の前であり、チェース・マンハッタン
とJPモルガンの合併の直前であるというのです。
 これに加えてさらに巨額のドルが、2000年から2004年
にかけて使われているのです。     ― [金の戦争/45]


≪画像および関連情報≫
 ●離れたくても離れられない中国とドルの関係
  ―――――――――――――――――――――――――――
  中国の政府高官であるファン・ガン氏が、巨額のドル保有を
  リスクと発言した背景には、人民元が今後も元高となるだろ
  う、との市場関係者の見通しがあります。10月10日の人
  民元レート(基準値)は、1ドル=7.9128元となり、
  1年前のレートと比べると2%程度上昇しています。中国の
  貿易黒字が高水準を維持していることや、中国政府が中国内
  での人民元の流通量を抑制する方針を強めていることなどか
  ら、今後も人民元レートは、緩やかなペースで上昇を続ける
  との見方が市場関係者の間で強まっています。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2006&d=1012&f=column_1012_005.shtml
  ―――――――――――――――――――――――――――

ビル・クリントン.jpg
ビル・クリントン氏
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

●ドイツの金はどこに消えたか(EJ第2385号)

 2008年6月現在の米国の金の保有量は8134トン――世
界最大の保有量ですが、それが実はないというのです。そんな馬
鹿なという人は多いでしょう。しかし、中央銀行は外貨準備につ
いてはきわめて秘密主義であり、ほとんど情報を公開しないのが
つねなのです。そのとくにひどいのが米国なのです。絶対に何も
明かさない――完全にだんまりなのです。
 今まで多くの米国人が財務省が保有する金を監査するよう繰り
返し、要求したのです。かつてジョンソン政権がベトナム戦争の
ときにどのくらい金を売却したのかについては結局誰もわからな
いのです。要求に対する当局の答えはいつも同じ次のメッセージ
なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
         監査は費用がかかり過ぎる
―――――――――――――――――――――――――――――
 フェルディナント・リップスの本に気になることが書いている
のです。米国の金の専門家にジェイムス・タルクという人がいて
ニューヨーク州ウェストポイントにある合衆国造幣局に預けられ
ていると思われる1700トンの金の表記が何回も変わっている
といっているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    2000年9月以前 ・・・・・ 金地金準備
    2000年9月以降 ・・・・・   保管金
    2001年     ・・・・・  重備蓄金
―――――――――――――――――――――――――――――
 ジェイムス・タルクによると、この「保管金」というのはドイ
ツの金であるといっているのです。ドイツの保有金は約3400
トンですが、ドイツ連銀は金準備のほとんどを他国に保管しても
らっているのです。
 実際にドイツにあるのは約80トン――これは、ドイツの保有
金の2.3% に当たりますが、それがフランクフルトの金庫にあ
るだけで、残りの金のうち1700トンは米ウェストポイントに
ある合衆国造幣局に預けられているのです。米財務省はこのドイ
ツの金1700トンの保証をしています。
 この金の表記がそれまでの「金地金準備」から「保管金」に変
わり、さらに「重備蓄金」に変わっているのです。これは何を意
味するのでしょうか。
 それでは残りの1700トンはどうなったのでしょうか。
 この1700トンの金は米国の為替安定化基金と交換されたか
たちをとり、為替安定化基金はこの金をブリオンバンクに貸し出
しているのです。既に述べたように、ブリオンバンクは、金を含
めた貴金属取引を行う銀行のことです。そして、ブリオンバンク
はその金を売却しています。
 これは何を意味しているかです。それは2000年9月という
時期に注目すべきです。ちょうどその一年前の1999年には金
の戦争をめぐってさまざまなことがあり、金の戦争について一応
の決着がついた年なのです。
 既出の鬼塚氏は、あくまで推理であると断って、ドイツの金の
経緯について、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ついに1999年、ウォール街の金デリバティブ体制が崩壊す
 るときがきた。このウォール街の金デリバティブでイギリスの
 シュローダー銀行もロバート・フレミング銀行が倒産の危機が
 訪れた。イングランド銀行は金を放出し、金価格を下げようと
 した。そして、このハードランディングによって両銀行の倒産
 は回避された。2000年9月に「金地金準備」のドイツ連銀
 の金が「保管金」になっていることは、すでにアメリカ財務省
 が、このドイツ連銀の金にさえ手をつけて、金デリバティブで
 倒産しかけたウォール街を救出するために使ったに違いない。
 そして表記変更の2000年9月に注目したい。この金の使用
 で「金の戦争」の結末がつけられたのであろうと思っている。
 ヤクザの手打ちである。金デリバティブのもたらす危機の最終
 的回避である。残りの1700トンの金が最終的にブリオンバ
 ンクに渡り、ブリオンバンクはこれを金デリバティブ市場で売
 却し、空売りをつづけた尻ぬぐいをした、と私は見る。
     ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解ら
            /金の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 考えてみると、1999年9月11日にはやはり「金の戦争」
に敗れたJPモルガンとチェース・マンハッタン銀行が合併して
います。そのときにも大量の金が動いているはずです。
 そして、1999年9月26日に「金の戦争」の終結を告げる
「ワシントン合意」が行われているのです。金にかかわるすべて
のことが1999年に秘密裏に処理され、終結しているのです。
 しかし、それにしてもどうしてドイツ連銀は、貴重な金を米国
の金庫に預けたままにしたのかです。これについては、リップス
の本で、「フィナンシャル・タイムズ」紙のデビット・マーシュ
ボン特派員の次のことばが紹介されています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1960年代半ばの以降、金地金がドイツに移されることは一
 切なかった。冷戦期のドイツ連銀は、要塞化した東西ドイツ国
 境からソビエト製の戦車なら数時間で到着するフランクフルト
 よりも、海外に保管する方がよほど安全であると考えていたの
 だ。しかし、ドイツ統一が成されると、ドイツ連銀は、準備金
 の少なくとも一部をフランクフルトに戻すのに良い機会である
 と判断したに違いない。ところが外交上の利害から、金地金の
 ほとんどは、結局手を触れずにおかれることになったようであ
 る。フェルディナント・リップス著/大橋貞信訳/徳間書店刊
   『いまなぜ金復活なのか/やがてドルも円も紙屑になる』
―――――――――――――――――――――――――――――
                   ―[金の戦争/44]


≪画像および関連情報≫
 ●外貨準備とは何か/東奥日報より
  ―――――――――――――――――――――――――――
  対外債務の返済への備えや、外国為替市場で自国通貨の下落
  を止めるため介入を行う資金として、国が保有する外貨建て
  の資産。国内で政府短期証券を発行して円資金を調達し、そ
  れを元手に外貨資産を買うため、資産と債務を両建てで持つ
  形になる。外国為替資金特別会計を通じ、大部分を米国債で
  運用。毎年度、運用益の一部を一般会計に繰り入れている。
  http://www.toonippo.co.jp/news_hyakka/hyakka2008/0307_3.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

合衆国造幣局紋章.jpg
合衆国造幣局紋章
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月14日

●金の戦争を終わらせる鐘の音(EJ第2384号)

 1999年9月26日のことです。ワシントンにおいて、ヨー
ロッパの14の中央銀行が「金に関するワシントン合意」を宣言
したのです。これは何のための合意なのでしょうか。
 14の中央銀行とは次の国の中央銀行です。これにECB――
ヨーロッパ中央銀行が加わって15の銀行になります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    1.オーストリア     8.ドイツ
    2.イタリア       9.スペイン
    3.フランス      10.イギリス
    4.ポルトガル     11.フィンランド
    5.スイス       12.オランダ
    6.ベルギー      13.アイルランド
    7.ルクセンブルグ   14.スウェーデン
―――――――――――――――――――――――――――――
 「ワシントン合意」の内容は次のようなものなのです。一見す
ると、金の売却を規制する合意のようです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.参加15の中央銀行は参加国の金売却について今後の売
   却量を合計で年間400トンまでとし、参加中央銀行は
   5年間で2000トンを上限とする。
 2.参加15の中央銀行は、参加中央銀行が今まで行ってき
   たリース市場――金の貸出市場への貸出量を、今後は増
   加させずに現状の水準を上限とする。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1999年末時点で、この15銀行の所有する金は1万594
1トンとされています。注目すべきは、スイスがこの合意に入っ
ていることです。スイスはこの時点で金をまったく売っていない
のに参加しているのです。実はスイスは2000年に入るや、憲
法を改正してまで金を放出するのです。
 もうひとつの注目点は、米国が入っていないことです。「ワシ
ントン合意」と銘打ちながらなぜ米国が参加していないのでしょ
うか。文書には一応次の前提は入っているのですが、いまひとつ
釈然としないものがあります。
―――――――――――――――――――――――――――――
  アメリカ、日本、IMF、BISの同意のもとに・・・
―――――――――――――――――――――――――――――
 既出の鬼塚英昭氏は、米国が加わらなかったことについて、次
のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 どうしてアメリカが加わらなかったのか。私は幾度も書いた。
 この1999年9月の時点でアメリカは金を持っていなかった
 からである。「金の戦争」で敗北に次ぐ敗北を強いられていた
 金デリバティブの戦士たちは、この「金の戦争」を終わらせる
 鐘の音がワシントンから鳴り響くのを、ウォール街で聞いたの
 である。各国の中央銀行は底をつきかけた金の保有を金デリバ
 ティブの戦士たちに伝えたのである。
     ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解ら
            /金の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 鬼塚氏はここで大変なことをいっています。米国は金を持って
いないというのです。「金の戦争」で敗北に次ぐ敗北を強いられ
て、金を失ったというのです。それどころか、米国は各国から預
かっている金まで手をつけた疑いもあるのです。
 もうひとつ、この「ワシントン合意」は、それまで中央銀行が
行ってきた「金のリース」を認めたということです。それまで各
国とも正式に中央銀行の金の貸し出しを発表していなかったので
す。したがって、この合意は中央銀行の金の貸し出しの問題を広
く世界に知らしめたことにもなるのです。
 金には「リアルの金」と「バーチャルの金」があります。前者
は、中央銀行の金であり、後者はCOMEXに溢れる金のことで
す。COMEXでは、1日に800トンから1000トンの金が
売買されていたのです。そのバーチャルの金がヘッジされ、ヘッ
ジファンドの中に組み入れられて、巨大金デリバティブが形成さ
れていたのです。
 ここで「金の戦争」の構図をもっと明確にしてみる必要がある
と思います。戦争で対峙する一方は、もちろん米国の銀行、証券
会社です。彼らはウォール街で金ヘッジファンドにより各種のデ
リバティブをやっていたのです。
 彼らのバックには、財務省、IMF、FRBなど、米国そのも
のがついているのです。これら国際通貨体制を支えるバックグラ
ウンドとして、ロックフェラー財閥があるのです。
 さて、もう一方は、ロンドン、チューリッヒの国際通貨マフィ
ア――デル・バンコ一族とここまで書いてきています。具体的に
はヨーロッパをベースとするロス・チャイルド財閥ということに
なると考えられます。つまり、ロックフェラー財閥対ロス・チャ
イルド財閥の対決の構図――2大勢力の激突の構図です。
 米国は、1944年に発足したブレトンウッズ体制――ドル・
金本位制が崩壊したあと、1971年のニクソン・ショックを契
機にドル・石油本位制に移行し、ドルを基軸通貨とする通貨体制
を長年維持してきたのです。
 そういう米国のドル・石油本位制に対して、ヨーロッパのデル
・バンコ一族が金で米国に戦争を仕掛けたのです。これが「金の
戦争」なのです。
 これまで見てきたように、金の戦争によって金デリバティブの
戦士たち――米国の銀行や金融機関およびヘッジファンドは、敗
北に敗北を重ね、20世紀の終わりには限界に達しつつあったの
です。そして、この「金の戦争」を終わらせる鐘の音が「ワシン
トン合意」であると、鬼塚英昭氏はいうのです。
 そういう意味で「ワシントン合意」をもう一度慎重に見直す必
要があります。            ― [金の戦争/43]


≪画像および関連情報≫
 ●ゴールド・セッション/アンディ・スミス氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  「ワシントン合意」の内容は「本来なら不可能なはず」のも
  ものだった。それは金市場にとっては「強気な内容」であり
  (金価格が上昇に向かい始めていた)タイミングの良さもあ
  って、非常に大きな効果をあげた。「公的売却の不透明さ」
  への怖れが消えたことによって、金の「現在価値」が大幅に
  上昇した。しかし、まだ不明な点は残されている。「今後5
  年間で2000トン以内」の売却枠には、英国とスイス以外
  からの売却の余地が残されている。
  http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Kaede/2764/gohkon.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

鬼塚英昭の本.jpg
鬼塚 英昭氏の本
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月13日

●金本位制の信奉者グリーンスパン(EJ第2383号)

 米国が金本位制に復帰する――この噂がかなり前から根強く出
ているのです。いかにも荒唐無稽な考え方ですが、火のないとこ
ろに煙は立たずで、調べてみる価値はあると思ったのです。私が
今回のテーマを取り上げたのは、それが果たして実現可能である
かどうかリサーチしてみたいと思ったからです。
 既出の上武大学教授高橋靖夫氏は、米国の金本位制復帰につい
て、次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は金価格は1500ドルまで高騰し、そのタイミングで米国
 が金本位制復活を宣言すると見ている。ブッシュ政権中に実行
 される確率は高いが、仮に次期大統領がマケインでも、あるい
 は民主党政権になっても、いずれ実行されるはずだ。なぜなら
 巨額の赤字とドルの権威失墜を防ぐ解決策はほかにないからで
 ある。そして、強いドルが復活すれば、日本や欧州の優良企業
 のM&Aも容易になる。         ――高橋靖夫教授
         ――「SAPIO」/2008.4.9日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 考えてみると、金を通貨とした歴史は2000年以上に及ぶの
に対して、変動相場制などはわずか40年でしかないのです。そ
れにニクソン・ショックがそうであったように、制度変更による
外交戦略は米国の得意わざであり、日本は何度も痛い目にあわさ
れているのです。何の相談もなく、いきなりやってくるのです。
 米国には金本位制信奉者が少なくないのです。その一人に、前
FRB議長のアラン・グリーンスパンがいます。あのフェルディ
ナント・リップスは、グリーンスパンがFRB議長だったときに
次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今日、中央銀行のトップで、金本位制ならびに金の役割につい
 て完璧に理解しているという点では、FRB議長のアラン・グ
 リーンスパンの右に出る者はいないであろう。
   フェルディナント・リップス著/大橋貞信訳/徳間書店刊
   『いまなぜ金復活なのか/やがてドルも円も紙屑になる』
―――――――――――――――――――――――――――――
 グリーンスパンはつねに「システミックリスク」について警告
をしています。そして、システミックリスクは金本位制の規律の
下では起こらないといっていたのです。
 1999年5月のイングランド銀行が金の売却を発表したとき
グリーンスパンは次のようなコメントを発表しています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 アメリカは金準備を維持すべきである。金は依然として世界の
 究極の支払い手段なのである。ナチス・ドイツは1944年に
 なっても物資を調達できたが、それも金で支払っていたからで
 ある。非常時には誰も不換紙幣を受け入れないが、金は常に受
 け入れられるのだ。
   フェルディナント・リップス著/大橋貞信訳/徳間書店刊
   『いまなぜ金復活なのか/やがてドルも円も紙屑になる』
―――――――――――――――――――――――――――――
 米国が金本位制に復活するという噂が現実味を帯びるのは、米
国の圧倒的な金の保有量なのです。通貨制度を金本位制に戻すに
は、大量の金が不可欠であるからです。
 しかし、一方において米国の金は既にないと主張する人もいま
す。それは、米国がデル・バンコ一族が仕掛けた金の戦争に米国
――FRB、IMF、財務省が敗れたからだというのです。
 1999年11月19日に、パリで開催されたワールド・ゴー
ルド・カウンシル(WGC)の会議で、ユーロに理論的な根拠を
与えてノーベル賞を受賞したロバート・マンデル教授は次のよう
に述べているのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ここに出席された皆さん、ついに中央銀行は、私たちの軍門に
 くだり、持っていた金のほとんどを放出しました。私たちは、
 中央銀行が高い時に売却しない方針を徹底的に貫かせた、デル
 ・バンコの一族に敬意を示そうではないですか。あとほんの一
 年で、20世紀も終わります。今日、この日こそは世界の金の
 これからの未来を語る日なのです。デル・バンコ一族は、私も
 その末裔の一人ですが、ここに金の独占に成功しました。そろ
 そろ私たちは、中央政府に「金を安く買って、高く売るよう政
 策を改めよ」と進言します。しかし、皆さん、中央政府は安く
 買おうにも、その金がないことにやがて気がつきます。どうし
 てか。デル・バンコ一族が、金の独占化をほぼ達成したからで
 す。今日はその祝福すべき日です。祝杯を上げましょう。
 ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解らない/金
              の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 ロバート・マンデルといえば、「マンデル・フレミング・モデ
ル」で知られるカナダ出身の通貨の専門家ですが、そのマンデル
の話す内容にはわからないことが多いです。そもそもWGC――
ワールド・ゴールド・カウンシルとはどういう会合なのか、その
正体は不明です。まるで何か秘密結社の会合での話のようです。
なお、昨日のEJで、金の保有量のデータについて書きましたが
そのデータの出所も「WGC」となっています。
 しかし、マンデルは自らデル・バンコ一族の末裔と語り、「デ
ル・バンコ一族は金の独占に成功した」と語っているのです。つ
まり、デル・バンコ一族が金の戦争に勝利し、各国の中央銀行の
金庫には、既に金などないという意味なのでしょうか。
 もしかすると、マンデルがここでいう中央銀行とは、カナダの
中央銀行である可能性があります。なぜなら、カナダの中央銀行
は15年間にわたり金を売却し続けたからです。
 はっきりしていることは、ここまで述べてきた通り、デル・バ
ンコ一族が長い年月をかけて、各国の中央銀行に働きかけて、金
を集めていたことです。        ― [金の戦争/42]


≪画像および関連情報≫
 ●ロバート・マンデルとは何者か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ロバート・マンデル教授は、1932年に年カナダに生まれ
  マサチューセッツ工科大学およびロンドン・スクール・オブ
  ・エコノミックスを卒業し、1956年にマサチューセッツ
  工科大学から博士号を取得しました。教授は、各国の著名な
  大学で教壇に立たれているだけでなく、国連、IMF、世界
  銀行、連邦準備制度理事会、アメリカ財務省、欧州委員会等
  多くの機関やカナダ、南米そしてヨーロッパ諸国において政
  府のアドバイザーをつとめており、現在は人民元に関して中
  国政府のアドバイザーをつとめております。
  http://www2.chuo-u.ac.jp/econ/anniversary100/special_lecture/history.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

ロバート・マンデル教授.jpg
ロバート・マンデル教授
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月10日

●金の高騰というよりドルの減価である(EJ第2382号)

 「日経ビジネス」の金の特集「ドル凋落/金本位制再び」にお
いて、金に関する興味ある計算が披露されているので、ご紹介し
たいと思います。
 現在、世界的に原油や小麦やトウモロコシなどの穀物価格が上
昇していますが、これらはいずれもドル建てなのです。これを金
の価値を基軸にして測り直すと、その価格上昇率は意外に小さい
はずである――これを証明するための計算です。
 そのために「日経ビジネス(NB)ゴールド」という架空の金
貨を次のように設定し、このNBゴールド建てで原油の値動きを
追ってみようというわけです。
―――――――――――――――――――――――――――――
   純金100分の1オンス=NBゴールド金貨1枚
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油は2000年1月の時点で「1バレル=28ドル」だった
のですが、2008年7月2日時点では、「1バレル=141ド
ル」になっています。
 2000年1月時点の金価格は「1オンス=280ドル」であ
り、1NBゴールドはその100分の1であるので2.8ドル、
「1バレル=28ドル」はNBゴールド金貨10枚となります。
―――――――――――――――――――――――――――――
       28 ÷ 2.8 = 10枚
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在の金価格は、「1オンス=940ドル」前後になっていま
す。1NBゴールドは9.4ドルであるから、NBゴールド金貨
10枚となります。
―――――――――――――――――――――――――――――
      141 ÷ 9.4 = 15枚
―――――――――――――――――――――――――――――
 原油についてまとめると、2000年から2008年までの8
年間については、原油価格は5倍になったものの、純金で測った
価格は1.5 倍にしかなっていないのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  原油価格  28ドル → 141ドル ・・ 5.0倍
  金 価格  10 枚 →  15 枚 ・・ 1.5倍
―――――――――――――――――――――――――――――
 これをみてもわかるように、金の高騰というよりもドルの猛烈
な減価なのです。ドルの減価は米国の力がそれだけ落ちたことを
意味するのです。副島隆彦氏は、米国のドルについて次のように
述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 今から64年前に決められた時から、米ドルのお札の方は、今
 や30分の1になっている。それなのに、アメリカ合衆国(ア
 メリカ帝国)は、まだ「アメリカの(お金の)力は強い」と強
 がりを言っている。どんなにアメリカが強がりを言っても、現
 実には30分の1の国力になってしまっている。
                 ――副島隆彦著/徳間書店
       『静かに恐慌化する世界/連鎖する大暴落』より
―――――――――――――――――――――――――――――
 「米国は30分の1の国力」の根拠はこうです。1944年7
月――ブレトンウッズ体制発足時点の金の価格は、「1オンス=
35ドル」です。金1オンスは31.1035 グラムなのです。
 2008年3月時点の金価格は「1オンス=975ドル」――
これを31.1035 グラムで割ると次のようになります。
―――――――――――――――――――――――――――――
    975 ÷ 31.1035 =31.346
    金1グラム =31ドル  →   30倍
―――――――――――――――――――――――――――――
 この「金1グラム=30ドル」に105円をかけると3150
円になり、日本における金価格になります。副島氏によると、や
がて金は2倍の6000円台になると予想しています。
 ところで、現在主要国はどのくらい金を保有しているのでしょ
うか。以下は2008年6月現在の公的部門の金保有量です。
―――――――――――――――――――――――――――――
          国       保有量
    1.米国       8134トン
    2.ドイツ      3417トン
    3.IMF      3217トン
    4.フランス     2562トン
    5.イタリア     2452トン
    6.スイス      1100トン
    7.日本        765トン
    8.オランダ      621トン
    9.中国        600トン
   10.ECB       564トン
   11.ロシア       458トン
   12.台湾        423トン
   13.ポルトガル     383トン
   14.インド       358トン
      2008年6月現在/WGC調べ
―――――――――――――――――――――――――――――
 これによると、米国の金の保有量は圧倒的です。実質上IMF
も米国に入れると、11351トンになるのです。ドルの減価が
止まらない米国――本当にこれだけの金が米国にあれば、米国は
これを使って何かを仕掛けてきても不思議はないのです。
 強力なインフレ圧力が世界経済にかかっている現在、もしこの
タイミングで米国が金本位制復活宣言をしたら、世界経済はどう
なるでしょうか。不換紙幣のインフレの中で、金本位制に復帰し
たドルだけが、インフレにヘッジできる唯一の通貨になる――そ
うなるとドルは、再び基軸通貨として世界を支配することになり
ます。可能性としては考えられます。  ―[金の戦争/41]


≪画像および関連情報≫
 ●金本位制に関するプログより
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ドルが崩壊するので、今度は金本位制になるのではないかと
  か、金地金が注目されているようなんだが、アメリカがいっ
  ぱい持ってるらしいね。第二次大戦が終わった時に、アメリ
  カは何百年分だかのニッケルを保有していたとかいう噂もあ
  って、浪費も好きだが、溜め込むのも好きらしい。こういう
  ヤツは便秘になる。で、日本銀行も金地金を4412億円分
  持っているそうだが、いや、ないんだよ、という話もある。
  むかしは日本も金本位制で、兌換紙幣というヤツだった。紙
  幣を日銀に持っていくと金そのものに交換してくれる。
  http://shadow-city.blogzine.jp/net/2007/11/post_0719.html
  ―――――――――――――――――――――――――――

副島氏の本.jpg
副島氏の本


posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月09日

●金価格は意図的に操作されている(EJ第2381号)

 ここまで39回にわたって「金の戦争」と題して書いてきたの
ですが、このテーマもそろそろ締めくくりをしなければならない
ところにきております。
 ここまで書いてきて感ずることは、「金」については情報が非
常に少ないということです。「金の戦争」というタイトルにして
も、フェルディナント・リップスの本の原題「ゴールド・ウォー
ズ」からとったものであり、そういうタイトルの本は他には存在
しないのです。
 さらに不思議なことに、「金」について書いている経済学者や
経済評論家やアナリストなどの経済の専門家がほとんどいないと
いうことです。いや、金だけでなく、FRBやIMFついても正
面切って意見を述べている人は少ないのです。既出の鬼塚英昭氏
は、これについて次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「金の戦争」どころか、金そのものについて語ったり、書いた
 りする経済学者はいない。ケインズ、フリードマン、サミュエ
 ルソン、そしてガルブレイズにいたるまで一人もいない。未来
 学者たちも語らない。グローバリズムを否定するノーベル賞学
 者のスティグリッツも金に関しては沈黙を守っている。
     ――鬼塚英昭著、『日経新聞を死ぬまで読んでも解ら
            /金の値段の裏のウラ』/成甲書房刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 もっともスティグリッツやキッシンジャー元国務長官、ジョー
ジ・シュルツ元国務長官、ウィリアム・E・サイモン元財務長官
などは、IMFや世銀についてはっきりとものをいい、その解体
を求めていますが、彼らも金についてはなぜか沈黙しています。
まるで誰かに口止めされているようです。
 さて、1980年1月の「1オンス=850ドル」という最高
値を記録した金は、その後20年間にわたって下がり続けます。
そして、1999年8月に253ドルという底値を付けたあと、
2001年4月2日に255ドルという二番底を記録するのです
が、そのあと金価格は一転して急上昇するのです。
 底値から急上昇に向かった2ヵ月間について考えると、その間
金価格を押し上げるような有事も金融的事件も起こっていないの
に30ドル以上も上昇しているのです。まるで何かの決着がつい
たので、一挙に上昇に転じたような上がり方であるといえます。
 こういう金価格の動きをみると、明らかに金価格は何かに誘導
されています。重要なことはここで米政権がクリントン政権から
現ブッシュ政権に代わっていることです。民主党のクリントン政
権は金嫌いとして知られています。
 二番底を記録した2001年4月から3ヶ月前――すなわち、
ブッシュ政権が発足すると、数千億円の資産を持つといわれる米
国の「スーパーリッチ」は、ここが金の底値とみて一斉に金を買
いに出動しはじめたのです。これを「スーパーリッチによるゴー
ルドラッシュ」といい、金価格の長期上昇トレンドへの構造転換
が起こったのです。
 そして、ブッシュ政権を通じて金価格は上昇し、遂に2008
年3月に1023ドルという史上最高値を更新したのです。10
00ドルまでの推進役としては、通説では「ドル離れマネーの買
い」とされていますが、これについて上武大学教授高橋靖夫氏は
次のように述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 私は陰の主役(1000ドルまでの推進役)は、スーパーリッ
 チが本格的に資産のある割合を「保険としての金」へ戦略的に
 シフトさせたものと考えている。「第2次スーパーリッチのゴ
 ールドラッシュ」である。だから、金価格の上昇は底堅いので
 ある。     ――「SAPIO」/2008.4.9日号
―――――――――――――――――――――――――――――
 「ETF」というものがあります。ETF(指数連動型上場投
資信託)とはその価格が株価指数(TOPIXや日経平均など)
商品価格、商品指数などに連動するようにつくられ、上場されて
いる投資信託です。
 その金のETFが現在注目されているのです。これによって、
金製品を買う人が増えているからです。ETFとは投資信託と同
じように運用される仕組みになっていて、世界的な金の取引はこ
れがメジャーになっているのです。
 この金のETFが2008年6月30日、東京証券取引所に上
場されたのです。この上場式典でこの金のETFを開発したワー
ルド・ゴールド・トラスト・サービシスのジェームス・バートン
氏は次のように語っています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ドル安やインフレをヘッジする機会を日本の投資家に提供でき
 ると考えいいる。       ――ジェームス・バートン氏
         「日経ビジネス」/2008.7.21より
―――――――――――――――――――――――――――――
 この金のETFは、それまで商品投資に縁遠かった年金基金や
投資信託、それに個人投資家が容易に金を買えるようになったこ
との意義が大きいといえます。ETFを通じて買い付けられた金
の総量は既に1000トン近くに達する予定です。
 70年代のニクソンショックから今年はちょうど38年目にな
ります。当時と同様に「米国覇権の終焉」とか「ドル失墜」とか
いわれ出しています。
 サブプライムローン問題による世界同時不況対策として、米国
は大量のドルを世界中にバラまいています。その結果、通貨全体
の価値は下落し、物価は急上昇して強いインフレ圧力が世界経済
にかかってきています。 
 このインフレ圧力にもかかわらず、米国は利上げの選択肢を奪
われたままです。そしてただ「強いドル」を口にするだけで何も
手が打たれていないのです。ドルの下落と金の高騰――米国は何
をやろうとしているのでしょうか。 −― [金の戦争/40]


≪画像および関連情報≫
 ●ETF革命の光と影/山崎元氏
  ―――――――――――――――――――――――――――
  筆者はETF(上場型投資信託)に大いに期待している。E
  TFはなんといっても信託報酬水準が低く、長期保有を前提
  とすると、通常のリテール向けの投資信託と比べ、圧倒的に
  コストが安い。近年は海外市場に上場されている外国株式を
  組み入れたETFを扱う証券会社も増えた。外国株式にも低
  コストで投資できるようになった意義は大きい。外国株式に
  も分散投資の対象を広げることが理論上はほぼ絶対的に好ま
  しくても、これまでは外国株式を投資対象とする投資信託の
  手数料があまりに高く、個人投資家に具体的に薦められる運
  用商品がなかった。だが海外ETFに投資できるようになっ
  て、この問題が解決された。
      http://diamond.jp/series/yamazaki_econo/10043/
  ―――――――――――――――――――――――――――

金塊.jpg
金塊
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。