うにして生まれたか」です。つまり、「インターネットの歴史」
ということになりますが、この一見何でもないテーマ――実は大
変な難題なのです。
なお、この記事は2005年8月23日から2005年10月
28日までの計46回にわたって連載したものであることをお断
りしておきます。
この驚くべきほど世界中で普及している通信技術は、一体誰が
開発し、いつから始まったのでしょうか。これが意外にはっきり
していないのです。
ひとつわかっていることは、インターネットは特定の誰かが開
発したものではなく、数多くの人たちによって作り上げられた通
信技術であるということです。
インターネットの場合は、開発に携わった人たちは当時はまっ
たくの無名であったのです。これは当然のことですが、他の有名
な技術の開発と違ってインターネットの特徴的なことは、インタ
ーネットがこれほど劇的に普及した現在でも、それらの人たちが
依然として無名のままであるということです。
もし、あなたがインターネット構築に関わった人を1人でもい
いから上げてごらんなさいといわれたら、答えられますか。
これは、かなり難問のはずです。私はIT業界の人にもこの問
いをしてみたのですが、ほとんど誰も答えられなかったのです。
IT業界の人でもわからないことが、一般の人にわかるはずがな
いと思います。
それには、いくつもの理由があるのです。その謎を解き、改め
て身近になっているインターネットという通信技術について知る
ことは無駄なことではないと考えたのです。私は現在あるネット
関係の会社で、新人を主な対象として技術教育を担当しています
が、そのさいつねに次のことを強調しています。
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新しい技術について知る一番良い方法は、その技術がどのよう
経緯で誕生したか、その歴史を知ることである。
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ITの話だからと敬遠しないで読んでいただくと、インターネ
ットが一層身近に感じられると思います。今日はその予告編のよ
うな話からはじめます。
2005年8月3日のことです。7月31日よりパリで開催さ
れていたIETFミーティング会場において、2005年度ポス
テル賞の受賞者として、慶応義塾大学常任理事を務める村井純教
授が選出されたのです。
IETFミーティングとは? ポステル賞とは? 村井 純と
は?――おそらくほとんどの人はチンプンカンプンであると思い
ます。まあ、インターネットに詳しい人は、村井純教授ぐらいは
ご存知とは思いますが・・・。
それに私の調べたところでは、8月4日の日本経済新聞、日経
産業新聞には一切このニュースは伝えられていないのです。村井
教授の受賞は今回で7人目、しかもアジアからのはじめての受賞
なのです。これがニュースにならないのは不思議な話です。
これはインターネットに関連するニュースですが、要するに、
日本ではこの手のニュースは関心がないということでしょう。い
や、もしかすると、新聞記者がよくわかっていないということで
はないでしょうか。彼らは自分に理解できないことはニュースと
して取り上げないのです。
ポステル賞とは、1998年に急逝したジョン・ポステル氏に
ちなんで、インターネット・ソサエティ(ISOC)が1999
年に設置した賞であり、インターネットに多大な貢献をした人に
贈られるのです。今回の村井教授の受賞は、IPv6などの技術
開発と普及への努力、およびアジア太平洋地域でのインターネッ
ト普及への貢献が評価されたものとされています。
村井教授に贈られた受賞トロフィ−には次のように書かれてい
ます。原文を載せておきます。
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For his vision and pioneering work that helped
countless others to spread the Internet across
the Asian Pacific region.
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ところで、ポステルという人はどういう人でしょうか。
このジョン・ポステル氏こそ、インターネットの創始者の1人
といってよいと思います。ポステル氏は、1969年、カルフォ
ルニア大学ロサンゼルス校在籍中に、米国防総省のプロジェクト
であるARPANET――あとでさんざん述べることになる――
に参加しているからです。IPアドレスの管理業務を政府より委
託され、IANAを創設するなど、インターネットの発展に貢献
した人なのです。IANA(アイアナ)というのは、インターネ
ットに関する方針や標準を決定し、インターネットで扱う基本デ
ータの割り当てを担当している組織のことです。
しかし、1998年10月16日に心臓病のため、急逝されて
います。55歳の若さでです。インターネットの世界においては
惜しみても余りある人材を失ったことになるといえます。
村井純教授によると、ポステル氏は日本のインターネットの立
ち上げに大変な協力をしてくれた大恩人だそうです。アドレス、
JPドメインなど彼の協力なしにはできなかったことがたくさん
あるのだそうです。
しかし、ジョン・ポステルという名前を知っている日本人がど
れほどいるでしょうか。ほとんどいないと思うのです。インター
ネットがこれほど普及し、多くの人に使われるようになった現在
でも、彼はまだ無名に近いのです。
村井純氏にしても、最近でこそ知る人が増えてきましたが、テ
レビに出る機会も少ないので、あまり知られているとはいえない
と思います。しかし、インターネットに不可欠であるルート・サ
ーバーの13台目が日本に設置されている事実を何人の日本人が
知っているでしょうか。この13台目のMサーバーは、村井氏の
実績によって設置されているのです。
・・・[インターネットの歴史 Part1/01]
≪画像および関連情報≫
・IETF = Internet Engineering Task Force
TCP/IPなどのインターネットで利用される技術を標準
化する組織。ここで策定された技術仕様はRFCとして公表
される。RFCはIETFが正式に発行する文書である。
・IETFミーティングがどういうものか知りたい人は、次の
URLをクリックして、「江端さんのひとりごと/IETF
惨敗記」を読まれることをお勧めする。大変面白い。
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http://www.ff.iij4u.or.jp/~ebata/ietf.txt
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村井氏ポステル賞を受賞