2008年06月13日

●10曲聴いてショパンの全体像を掴む(EJ第695号)

 この記事は、2001年9月5日から9月7日までの3回にわ
たってEJのテーマとして取り上げたものです。コンパクトにま
とめられたショパン論です。
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 ショパンとモーツァルトというと、その名前を聞いただけで、
ある特定のイメージが浮かんでくる音楽家です。とくにショパン
といえばピアノであり、ピアノ好きな人であれば、ショパンは避
けて通れないでしょう。ショパンの名曲はたくさんあり、1曲も
知らないという人はいないのではないかと思います。
 しかし、ショパンの演奏に関わる人は、ショパンを弾くとき、
単に音符をひろっただけではショパンにならないというのです。
つまり、ショパンの音楽は、テクニックだけの問題ではなく“深
い音楽性”がそこに要求されるのです。
 ショパンの音楽が発するメッセージは、なぜか現代に通じるも
のがあります。けっして古めかしい過去の音楽ではないのです。
音楽家ラフマニノフは「ショパンはつねに新しい」という名言を
残していますが、それはショパンの音楽が現代に通じる精神とい
うか、エネルギーを持っていることを意味しています。
 小説家のアンドレ・ジイドは、「ショパンの作品を弾くときは
それがすでに出来上がっているように弾いてはならない。ひとつ
ひとつの音を新しく発見していくように弾くべきである」といっ
ており、それが新しさを感じさせる秘密だと思います。ジイドは
小説家なのですが、ピアノについては相当のうでを持っており、
終生ショパンの音楽を愛好したといわれています。
 今朝はショパンをあまり聴かない人にショパンの素晴らしさを
知っていただくためのガイダンスをやりたいと思っています。い
ささか乱暴ですが、ショパンの作品を4つに分けて、その魅力を
整理すると次のようになります。
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   ノクターン ・・・・ 彼のロマンティックな感性
   マズルカ ・・・・・ 彼の嘆きやメランコリー
   ポロネーズ ・・・・ 彼の愛国心の表現
   ワルツ ・・・・・・ サロン風な彼の貴族趣味
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 誰でも知っているショパンの人気ベスト10を選んでみたいと
思います。
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      1.『子犬のワルツ』作品64−1
      2.『ノクターン』作品9−2
      3.『雨だれ』作品28−24
      4.『マズルカ』作品7−1
      5.『別れの曲』作品10−3
      6.『幻想即興曲』作品66
      7.『英雄ポロネーズ』作品53
      8.『バラード』第1番作品23
      9.『ピアノソナタ第2番』作品35
     10.『ピアノ協奏曲第1番』作品11
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 ショパンの「ワルツ」といえば有名な曲がたくさんあるのです
が、どういうわけか、ショパンの作品の中ではマイナーな扱いに
なっています。ワルツは生前には8曲出版されているのですが、
その作曲年代を見るとポツンポツンと作曲され、晩年の作品が多
いのです。『子犬のワルツ』などは最晩年の曲です。なお、ショ
パンの死後遺作として発表されたものが11曲あります。
 ノクターンは全部で21曲。その言葉には「夜の感覚」「静か
な夢想」「詩的な香り」が含まれます。とくに、「ノクターン」
作品9−2は、映画「愛情物語」のテーマ音楽となっており、最
もポピュラーな作品です。
 プレリュードは全部で24曲。一曲、一曲が巧みに磨き上げら
れたショパン音楽の真髄というべき傑作です。「雨だれ」は15
番目に置かれた名曲です。
 マズルカは全部で60曲。生涯を通じて書かれており、その点
ワルツとは対照的です。このマズルカの人気作品は作品7−1で
す。ショパン20歳のときの作品です。とても有名な曲です。
 続いてエチュード24曲。エチュードとは「練習曲」のことで
19歳のときから着手して6年かけて完成されています。この作
品10−3はあの有名な『別れの曲』なのです。
 この24の練習曲に、ショパンは、彼がピアノ奏法の秘密と信
ずるものに何かのかたちを与えようとしています。短い一曲一曲
にバラードの大曲を書く以上の時間をかけてそれこそ真剣に取り
組んだのです。
 即興曲は4曲の作品があります。中でも有名なのは『幻想即興
曲』です。この曲の人気の秘密は中間部のノクターン風の旋律に
あると思います。この中間部をはさむ前後は、嬰ハ短調のエチュ
ード的な音の奔流のように書かれております。
 ポロネーズは全17曲。『英雄ポロネーズ』作品53は、ショ
パンのポロネーズの手法がしだいに成熟度を増してきた頃の作品
です。輝かしい雄壮な、しかも直裁な音楽は「英雄」というタイ
トルにピッタリです。
 ソナタは全4曲ですが、1曲はチェロ・ソナタです。有名なの
は『ピアノソナタ第2番』作品35――とくに第3楽章の「葬送
行進曲」があまりにも有名です。付点の動きに詫された悲痛な響
きが全編を印象づけています。
 最後はピアノ協奏曲全2曲。とくに『ピアノ協奏曲第1番』作
品11に人気が集中しています。この作品は1830年8月に完
成された若きショパンの意欲作です。
 ベスト10の10曲が、各ジャンルの代表になるように選曲し
てあります。ですから、この10曲を聴くと、ショパンの作品の
おおまかな全貌は分かります。好きな曲のみ偏って聴かないで、
ぜひ全般的に聴いていただきたいと思います。
          ・・・[ショパンはお好きですか/01]

6.13ショパン.jpg
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2008年06月16日

●ショパンをどのように聴くべきか(EJ第696号)

 前回のEJでショパンの作品のベスト10をご紹介しましたが
少しきちんとショパンに取り組んでみたいと思う方は、エチュー
ド全24曲から聴くことをお勧めしたいのです。間違っても「シ
ョパン小品名曲集」のたぐいは買わないようにすべきです。耳慣
れた好きな曲ばかりを聴いてもショパンはわからないからです。
 エチュードには、作品10と作品25の2つがあり、どちらも
12曲ずつで計24曲です。作品10が着手されたのは1829
年のことで、ショパンが19歳のときのことです。そして、作品
25が完成したのが1835年ですから、およそ6年をかけて、
24曲全曲が完成しているのです。
 ところで、エチュードとは「練習曲」のことです。それをショ
パンは19歳から20代の前半に書いているのです。ほとんどの
作品はこれから書くというのに・・・。そして、仕上げられた作
品は途方もなく優れた作品だったのです。
 ピアノの作曲家が練習曲を書くのは、自分の作品をピアノで弾
くためのテクニックの披露ととらえることができます。そういう
観点に立ってこのエチュード全曲を聴いてみると、ショパンの高
度なテクニックを堪能することができます。もちろん、肝心のエ
チュードを弾くピアニストは、厳選する必要があるのはいうまで
もないことです。
 それにしても練習曲にしては何とメロディアスなのでしょう。
練習曲はもともと無機質性でメカニカルな性格を持つ音楽であり
曲としては面白くないものが多いのですが、ショパンのエチュー
ドは違うのです。硬質性で無機質性な中に歌謡的な要素を取り入
れて、曲として非常に魅力ある芸術性の高い作品にしている点は
素晴らしいと思います。
 例えば、作品10−3には「別れの曲」がありますが、その音
楽としての構造はどうなっているか分析を加えてみましょう。
歌の部分は前半と後半だけで、中間部は3度、4度、6度の連
続和音が並んでいて、転調も多く、演奏する者にとっては技巧的
に非常に難しい曲になっているのです。このように、ショパンの
音楽は、一見“歌うがごとき”印象を与えても、実際には“歌え
ない”ものが多いといえます。
 このエチュードはリストに献呈されているのですが、おそらく
リストは自分への挑戦状と受け取ったに違いありません。それは
リストも認めるほど高度なピアノテクニックだったからです。
 エチュードが発表されたときある評論家は次のように述べたと
いわれます。
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   『前代未聞の練習曲集、この曲を演奏するには側に
外科医が必要であろう』。
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 さて、それでは、このショパンのエチュード全曲のCDは、ど
のピアニストが弾いているものを買うべきでしょうか。
 この曲を弾くピアニストとして推奨したいのは、マウリツィオ
・ポリーニです。これは音楽評論家のプロも推奨しており、購入
して間違いないと思います。ポリーニはこの難曲中の難曲を完璧
なテクニックで弾きあげ、テクニックというものを妥協なく極め
ると、こんなふうに聞こえるのだということを教えてくれます。
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     ショパン/『練習曲』全曲
     マウリッツィオ・ポリーニ/ピアノ
     POCG50071[G]
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 このポリーニに次ぐショパン弾きピアニストとしては、アシュ
ケナージとフランソワがあげられますが、ことエチュードに関す
る限り、ポリーニが他を圧倒しています。
 エチュードを聴いたら、次は何を聴くべきでしょうか。
 独断と偏見でいえば、前奏曲全24曲をお勧めしたいと思いま
す。エチュードも24曲ですし、前奏曲も24曲ですから、ちょ
うどきりがよいと思うのです。
 作品28の24曲をひとつの連作のように演奏するスタイルを
編み出しのは、ショパン弾きの巨匠として知られるアルフレッド
コルトーなのです。コルトーはこの24曲を何回も録音していま
すが、他のピアニストは繰り返し録音しようとしないのです。
 前奏曲、すなわち、プレリュードは、音の万華鏡といわれ、さ
まざまな性格の曲が集められています。
 それでは、前奏曲を聴くときのピアニストとしては誰がベスト
でしょうか。
 定評のあるピアニストとしては、アルゲリッチとポリーニを推
薦することができます。アルゲリッチの良さは、スケールが大き
く、演奏がスリリングであること、そして何よりも既成観念にと
らわれない自発的な感情表現を見せる点が魅力です。ラフマニノ
フがいったように「ショパンはつねに新しい」を地で行くのが、
アルゲリッチなのです。
 しかし、アルゲリッチの盤は1977年、ポリーニの盤も19
74年といささか古いので、現代的なサウンドを期待する向きは
1999年に出したキーシンか、1990年のウラジミール・ソ
コロフ盤がお勧めです。ともに演奏は素晴らしいのですが、内容
ではアルゲリッチということになります。
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 ショパン『前奏曲』全曲
 1.アルゲリッチ・・・ UCCG3046[G]
 2.ポリーニ ・・・・ POCG4082[G]
 3.キーシン ・・・・ BVCC31025[R]
 4.ソコロフ ・・・・ OPS2009[仏オーパス]
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 前奏曲は、24曲全部を合わせて1つのプレリュードの世界を
形成しています。こういう傾向の曲はプレリュードだけです。聴
くときはそれを意識して聴くと良いでしょう。
           −− [ショパンはお好きですか/02]

6.16アルゲリッチ.jpg

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2008年06月17日

●ショパンはピアノと指の研究家である(EJ第697号)

 昨夜は秋のN響定期の開催日で久しぶりにN響を聴きました。
指揮者は話題の準・メルクル――Aチクルスはブラームス・チク
ルスで、最初の曲は何と『ハンガリア舞曲集』でした。私は40
年来のN響の定期会員ですが、こんなポピュラーな曲から始まっ
たのは珍しいことです。なかなか洒落た面白い演奏だったのです
が、評価は今ひとつというところです。
 昨日の白眉は、2曲目のブラームス作曲『ヴァイオリンとチェ
ロのための協奏曲イ短調作品102』でした。この曲はヴァイオ
リンとチェロが丁々発止と渡り合い、それにオケが絡むという、
かなかの良い曲です。ヴァイオリンは戸田弥生、チェロは原田禎
夫のコンビ――なかなかの名演奏でした。
 今朝もショパンの話です。ショパン研究家の意見によると「真
にショパンを知りたいと思うならば、エチュード、マズルカ、ノ
クターンを聴くべし」ということがよくいわれます。これら3つ
のジャンルは、ショパンの作品の中でも初期に属するものなので
すが、これらのジャンルがショパンの後の主要作品のベースにな
っていることは確かなことです。それに、もしこれら3つのジャ
ンルがなかったら、ショパンの音楽は、かなり味気のないものに
なっていたはずです。
 ショパンのこれら3つの分野と不可分に結びついているものと
いえば、それは「ピアノ」という楽器です。ショパンという音楽
家は、まず、ピアノの演奏家としてデビューし、いわゆる“ピア
ノ弾き”としては、あっという間にリストと肩を並べる域に達し
ています。
 リストという人は、聴衆をひきつける圧倒的なピアニストとし
ての能力と、ショー的なアクロバット的奏法で有名になった音楽
家です。そのリストに唯一対抗できるピアニストは、ショパンし
かいないといわれたのです。
 このリストとショパンを比較した評価には次のようなものがあ
ります。
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 「リストに匹敵する演奏家ならまずショパンで、ショパンなら
 ば少なくとも絶妙を極めた鋭敏・優雅という点では一歩も譲ら
 ない」―――シューマン
 「リストに比べるとどんなピアニストも見劣りしてしまうが、
 ショパン一人は例外で彼はピアノのラファエルである」
 ―――ハイネ
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 しかし、ショパンはその後作曲家としての本領を発揮していく
のです。ちょうどそのときピアノという楽器の改良と発展の時期
に当たっていたのです。当時最も高性能で高品質であったピアノ
は、プレイエル社のグランドピアノだったのです。
 このグランドピアノは、当時の最新のテクノロジーを備えてお
り、夢の新製品。ショパンはこのピアノに没頭し、ピアノの音を
生かした音楽創造にのめり込んでいったのです。この頃からショ
パンは、超高速でピアノを弾くというようなアクロバッティング
演奏家とは訣別し、ピアノという楽器を手段とする作曲家として
才能を伸ばしていくことになります。
 ショパンは、ピアノというものを「弦楽器と違って音を創るこ
とから始めなくていい楽器」としてとらえています。音を創るの
は調律師の仕事であり、鍵盤をたたきさえすれば、誰でもその音
を得ることができるのです。しかし、その鍵盤をたたく指につい
て研究する必要があるといっています。
 ショパンは「ハ長調は譜読みは易しいけれども、(指の)支点
がないので、なめらかに弾くのは最も難しい。しかし、ロ短調な
どは長い指(ひとさし指)の部分が黒鍵にあたるので、手の構造
に適しており弾きやすい」というように、鍵盤と手との関係につ
いてきわめて合理的に述べています。
 ショパンは晩年に「ピアノ・メソード」という本を書こうとし
ていたので、ピアノとその弾き方に関するさまざまな記述が残さ
れているのです。しかし、「ピアノ・メソード」は、完成せず、
草稿だけが残されていますが、ショパン研究者にとっては貴重な
資料になっています。
 ショパンが、指とピアノとの関係について記述した一部をご紹
介しましょう。
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 『“指”を使って音を出さなければならないのだから、最も効
 率よく音を出せるようにしなければならない。そのためには当
 然指が運動しやすい状態を作ること。指が運動しやすいように
 するためには、指がついている手、手首、ひじ、腕全体も参加
 せねばならない。さらにピアノに向かう位置と距離、鍵盤に対
 するひじの高さなどを定めれば、あとは指そのものの問題だけ
 である』。
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 このように、ショパンは、指とピアノとの関係についてそれこ
そ徹底的に研究しているのです。そして、ショパンは、「運動し
やすい指とは伸ばした指ではなく、丸みをつくった指――自由に
動ける柔軟性をもった指である」と結論を出しているのです。
 アンドレ・ジイドは、ショパンの音楽は即興性を重視すべきだ
と主張し、ショパンを弾くことは、一つ一つの音を発見するよう
に、手をまるめて、どちらかというとたどたどしく弾くべきだと
いって物議をかもしたことがあるのですが、ショパン自身も手を
丸めて弾くように教えているのです。
 ショパンはこういう指の研究について、「ピアノ・メソード」
で次のように結論づけています。
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 『芸術は無限であっても手段は限られているのだから、この
 限られた手段をいかに無限なものとして表現するかを考えな
 ければならない』――ショパン
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          ・・・[ショパンはお好きですか/03]

6.17準・メルクル.jpg
posted by 管理者 at 04:05| Comment(0) | TrackBack(0) | ショパン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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