2008年05月23日

●ミクロのゆらぎマクロ制す(EJ第367号)

 ここから4回は「複雑系」に関する話をします。これは、2000年4月25日から
28日までの4回にわたって連載したものであることをお断りしておきます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 今朝は複雑系の話です。
 「複雑化すると新しい性格を獲得する」ということばがあります。これをごく簡単に
説明すると、次のようになります。
A、B、Cというパーツがあって、これらのパーツが集まってそれに何らかの環境変
化がキッカケになり、Xというシステムになったと仮定します。この場合XはAでもB
でもCでもない性格を持っており、まさしく新しい性格を持っていることになります。
これはパーツA、B、Cが自己組織化して、Xという新しい性格を持つシステムを生み
出した現象と説明されます。今朝はこの「自己組織化」について考えることにします。
 人工生命の開発者であるラングトンがハンググライダーで事故を起こし、意識が戻っ
たとき最初に感じたのは、「以前の自分ではない」ということだったそうです。ところ
が、朝目が覚めるたびに少しずつ自分が戻ってきてやがてそれらの“自分”のパーツが
自己組織化して、自分を取り戻したといっていますが、自己組織化とはまさしくこのよ
うな現象をいうのです。
 この自己組織化の研究でノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンという人がい
ます。彼は、次のような身近かな例で自己組織化を説明しています。
 鍋の底に水を張り、この鍋を底から加熱します。鍋の底面の温度が上がるにつれて、
最初は底面に細かな気泡がランダムにあらわれて、これらの気泡が成長していきます。
そして、水の温度がさらに上昇し、ある臨界温度に達すると、突如自己組織化が起こる
のです。すなわち、鍋の底面には、あたかも蜂の巣のような幾何学模様の秩序立った気
泡構造が生み出されるのです。これがわれわれが身近に見ることができる自己組織化現
象です。
 イリヤ・プリゴジンは、この自己組織化のプロセスが成立するための基本条件につい
て研究し、「散逸構造理論」をまとめ上げノーベル化学賞を受賞したのです。
 この自己組織化の生成プロセスは、化学の世界だけではなく、さまざまなところで見
られます。例えば、古典的な企業組織に電子メールシステムを導入し、情報の共有化を
はかることに成功すると、組織は自然に自己組織化をはじめ、組織がやがて大きく変質
してしまうことになります。
 この自己組織化に関連して、もうひとつ重要なことばがあります。「ミクロのゆらぎ
がマクロの大勢を支配する」ということばです。このことばは何を意味しているのでし
ょうか。
 イリヤ・プリゴジンは、彼の散逸構造理論において「平衡状態においては、マクロの
挙動がミクロの挙動を支配する」と述べています。この「平衡状態」というのは、一定
の条件下における閉じたシステムにおける安定した状態を意味しています。
 しかし、閉じたシステムなどというもので現実の現象は説明できないのです。現実の
システムはつねに動いており、推移の途上にあるのです。これを「平衡状態」に対して
「非線形性」といいます。現実の現象はつねに「非線形性」なのです。
 この「非線形性」をよくあらわしているのが地球規模の大気の運動です。大気の運動
は天気予報の判断に使われるのですが、これは「非線形性」の強い現象なのです。天気
予報が正確に当らない原因もこの「非線形性」にあるといわれます。
 この大気の運動を数学モデルであらわすと、「非線形方程式」になります。この方程
式は、入力データをほんの少し変更するだけで、その計算結果は大きく違ったものにな
ります。大気の運動は、あるちょっとした局所的条件が違っただけで、その広域的挙動
は大きく違ってしまうのです。
 このことをさして「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが生ずる」と
いう例えが使われるのですが、これが「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」と
いうことばの意味なのです。宇宙、地球、自然、生命、社会、市場、企業などはいずれ
も非線形の性質を持っており、「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」という現
象はよく観察されるのです。
 『第3の波』のアルビン・トフラーは、『戦争と平和』という本の中で、次のような
意味深長なことを述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      『システムが「まったくバランスを欠いている」場合には、通
      常の法則を破る奇妙な動き方をする、ということだ。そんな時
      システムの動きは非線形的なものになる。つまり、些細な原因
      が、巨大な結果を引き起こすこともあるのだ。遠い国で起きた
      「些細」な戦争が、予測しがたい出来事に何度もぶつかってい
      くうちに、雪だるま式に大きくなり、しまいには大戦争に発展
      することだって考えられるのである』。(アルビン・トフラー
      著、徳山二郎訳『戦争と平和』フジテレビ出版)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 このあとトフラーは「世界システムはプリゴジン的性格を帯びつつある」といってい
るのです。これは、世界のほんの片隅で起こった民族紛争によってさえそれが大戦争に
発展し、世界平和が崩壊する恐れがあるということを述べているのです。
 これは、システム内のわずかな「ゆらぎ」がシステム全体の大きな変化に発展するこ
とを示唆しています。ここで、大きな変化とは、新しい構造変化への進化もあるし、シ
ステム全体の突然の崩壊も意味しているのです。
 米国の一人のアントレプレナーであるビル・ゲイツという青年が起こした創意と情熱
が、世界全体を巻き込むウインドウズブームに発展したのも、ミクロのゆらぎがシステ
ム全体の大勢を支配する現象といえると思います。
 さて、ここでいう「ゆらぎ」は人間の脈拍にもあります。それは健康な人ほど多く、
心臓疾患を持っている人ほど少ないといわれます。また、起きているときよりも眠って
いるときの方がゆらぎは大きいこともわかっているのです。
 実は、この「ゆらぎ」だけで何冊も単行本が出ているのです。最近出版された一冊を
添付ファイルでお見せしておきます。         ・・・[複雑系の話/01]

5.23YURAGI.jpg
posted by 管理者 at 04:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 複雑系の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

●知のパラダイム変換のとき(EJ第368号)

 なぜ複雑系の話をしているのかについてお話ししておく必要があると思います。それ
は、ひとことでいうと、複雑系のものの考え方が現在の世界、すなわち自然現象、生命
現象、社会現象について、一番よく説明できるような気がするからです。
 このことは逆にいうと、今までの科学や学問、常識的なものの考え方では、説明でき
ない現象が最近あまりにも多くなってきているからです。つまり、「知」というか「思
考」というか、ものの考え方のパラダイム変換がいま必要になってきているのです。そ
ういうわけで、もう少し複雑系にお付き合い願います。
 イリヤ・プリゴジンは、彼の散逸構造理論の中で、自己組織化が起こる条件というも
のを3つ上げています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       1.外部との開放性が確保されていること。
       2.非平衡な状態(非線形性)にあること。
       3.ポジティブフィードバックが存在する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 第1の「外部との開放性が確保されていること」というのは、そのシステムの内部と
外部の間でエネルギーと物質の出入りがあるということを意味しています。システム内
で生成されたものを外部に放出できる存在であるということです。
 これは、生物そのものをあらわしているといえます。生物は食っちゃ出しを繰り返し
て生きているからです。そういう意味では生物は、開かれたシステムであるということ
ができます。
 第2の「非平衡な状態(非線形性)にあること」というのは、平衡状態ではないとい
う意味です。本来「平衡状態」というのは熱力学で使うことばですが、生物で平衡状態
というとそれは死んでいることを意味します。外に開かれていなければならないシステ
ムが閉じたシステムになってしまっているからです。「平衡状態ではない」とは、非線
形性であることを意味しています。
 第3の「ポジティブフィードバックが存在する」とは、ある化学反応が起こると、そ
れがますます加速されることをいうのですが、このことばは、例の収穫逓増(increasing return) の概念と同義語と考えてよいと思います。ポジティブ・フィードバック(positive feedback) は工学用語であるのに対して、収穫逓増は経済用語であるだけの話です。
 イリヤ・プリゴジンは、これらの自己組織化の条件に関連してもうひとつ重要なこと
を述べているのです。化学反応の内容なので、少し難しいですが、がまんして、読んで
いただきたいと思います。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      『平衡状態において、分子は隣の分子だけを見ているが、非平
      衡状態においては、分子は系全体を見ている。そして、非平衡
      状態において、これらの分子が「コヒーレンス」を起こしたと
      き、自己組織化が生ずる』。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ここで注目するべきは、「コヒーレンス(coherence)」 なのです。プリゴジンは、
非平衡な状態における分子の動きを観察しているのですが、分子を「個」とし、系を
「システム全体」と考えると、上記のフレーズの意味は、次のように解読することがで
きます。
 システム全体に関する情報が、システム内部のすべての個に伝達され、共有化される
ことによって、個と個の間にコヒーレンスが生じやすい状態が生まれるといっているの
です。こういう状態になると、自己組織化が行われることになります。
 さて、「コヒーレンス」は、一般的に「干渉性」と訳されるのですが、田坂広志氏は
「コヒーレンス」をあえて「共鳴」と呼んでいます。つまり、情報共有が起こると個と
個が共鳴することにより、ポジティブ・フィードバックのプロセスが加速され、自己組
織化が生じやすくなるということになります。
 この考え方は、昨日お話しした「ミクロのゆらぎがマクロの大勢を支配する」という
ことばにも結びつきます。組織の構成員が「組織全体」の情報を共有して持つと、組織
を構成する個人の相互間に「共鳴」現象が生じ、組織が自己組織化して「進化」すると
いうことになります。こういう状態では個のゆらぎがマクロの大勢を支配するのです。
田坂氏は、「組織の総合力ということばがあるがそうではなく、それは組織の共鳴力な
のである」と述べておられますが、何となく理解できるような気がします。
 現在、企業組織にはコンピュータが大量に導入され、情報共有が可能なインフラがで
きています。もし、情報共有がうまくいくと、自己組織化が起こり、企業自体が進化す
るのです。しかし、インフラはできたが、肝心の情報共有の方はさっぱりという企業が
ほとんどなのです。「どうして情報共有は進まないのか」という問題については改めて
取り上げますが、それは従来の企業文化が邪魔しているからです。
 日本の企業では、企業の進化という点においては、ソニーがそれに該当するのではな
いかと思います。それは先日テレビ朝日で放映された「サンデープロジェクト特別版」
を見てそう考えたのです。ソニーの社内での情報共有化の状態がどうであるかは知りま
せんが、最近のソニーは外から見ていると、明らかに自己組織化が起こり、企業が進化
しているように見えるからです。この点については、EJの読者の1人であるソニーの
向井氏にコメントをお願いしたいところです。向井氏によると、ソニーの出井社長は、
複雑系に強い関心をお持ちとのことです。
 現代の企業経営者に求められていることは、情報の共有と共鳴を利用した市場戦略を
展開することです。この情報の共有は企業内だけでなく、市場に向けても行われる必要
があります。
 消費者に対してどのような情報を公開し、どのレベルの情報を提供すべきかを真剣に
考える必要があるのです。逆にいうと、どのような情報を消費者と共有できれば、消費
者の共感と共鳴を形成できるかという一点にかかっていると思うのです。それには、マ
スメディアの戦略を経営者は重視するべきです。     ・・・[複雑系の話/02]
posted by 管理者 at 04:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 複雑系の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

●現代は個人カンパニー時代(EJ第369号)

 マーケティングにおいて「○○の法則」といいわれるものがあります。かって「ラン
チェスターの法則」という法則が大流行したことがありましたが、いつの間にか姿を消
しています。ところが最近書店で本を見かけるようになっていますが・・・。
 法則などというと、不変の原理のように聞こえますが、それらは、あくまでその時点
の市場を前提として成り立っているものであり、どの時代においても適用できるもので
はないのです。まして、ランチェスターの法則などでは、現在の市場の状態を説明でき
ないと思います。
 どうしてかというと、「市場」それ自体が進化するものであるからです。この「市場
の進化」は未来の話をしているのではなく目下差し迫った問題なのです。それでは、何
が市場を進化させているのでしょうか。
 それは、電子商取引(エレクトロニック・コマース)です。最近の新聞を見ると、エ
レクトロニック・コマースについて書いていない日はないぐらい目下急ピッチで市場を
変化させているのです。進化するのは市場だけではなく、消費者や企業、商品や商品開
発プロセスも進化していくのです。
 どころで、「進化」と「変化」の違いがわかるでしょうか。「変化」(Change)とい
うのは、それが起こる以前も以後もその基本プロセスには違いがなく連続性を保っていま
す。しかし、「進化」(evolution) とは、それが起こる以前と以後では基本プロセス
そそのものが根本的に異なった不連続なものになるのです。これは、未来予測を非常に
困難にします。現在の市場はまさにそのような状況にあります。
 また、最近銀行などの同種の企業同士が合併し超巨大銀行が続々と誕生しています。
新聞やテレビなどの解説によれば、これによって経営が合理化され、国際的な競争力が
つくということのようですが、複雑系の考え方で分析すると、まったく逆の結果が出て
くるのです。
 同じくらいの規模の企業があったとします。それらの企業がそれぞれ独立している場
合と、合併してひとつになった場合の比較をしてみると、資産と従業員は線形なので単
純に合計した数になりますが、合併した企業の所得はそれぞれ独立している場合と比べ
て低くなるという結果が出ているのです。
 つまり、従業員や資産については、1+1=2の関係が成り立つのに、所得について
は1+1>2の関係になってしまうというのです。そうであるとすると、所得率を上げ
るためには、合併よりもむしろ、大企業を分割して小さな独立会社を多く作った方が合
理的なのです。
 旧国鉄の分割民営化が成功したように、大きくすればよいという単純な発想では、ま
すます激しさを増す国際的な市場競合に打ち勝っていくことはできないと思います。こ
れからは大企業の時代ではなく、バーチュアル・コーポレーションの時代なのです。
 どういうことか具体的にいうと、これからの企業像は、能力のある企業トップによる
個人カンパニーの時代なのです。小さくスリムな企業体が同じような企業と戦略的提携
を結ぶことによってあたかも「仮想的な企業体」を形成して、企業として進化していく
というスタイルになります。これが、バーチュアル・コーポレーションなのです。
 ここで企業トップが持つべき能力とは次の2つです。
 1つは、「専門能力」です。ここでいう専門能力とは単なる専門的な資格ではなく、
他に絶対に真似のできない専門能力のことであり、これはそのままその企業の「売り」
であり、「強み」になるのです。
 2つは、「提携能力」です。その企業が他の企業に真似のできない専門能力を持って
いれば、それを売り物として、自社が持っていない専門能力を持つ他社と提携ができる
はずです。そうすることによって企業を進化させることが可能になります。この場合必
要なのが、そういう企業を探し出し、相手と交渉して提携することができる提携能力で
す。
 ここで企業トップということばを使いましたが、これは文字通りの企業トップだけで
はなく、企業の中にいる個人もそういう個人カンパニーとして仕事に取り組み、主体的
に仕事を進める時代であるということをいいたいのです。そういう人にとっても、専門
能力と提携能力は不可欠です。本当の意味の社内起業家像というのは、そういうイメー
ジではないでしょうか。現在、時代は猛スピードでそういう方向に進んでいると思うの
に、日本の、とくに大企業の経営者はそれとは逆の方向に進もうとしているように見え
ます。知のパラダイムが変換されていないのです。
 さて、複雑系の世界においては、未来予測というものは不可能になります。田坂広志
氏によると、それには次の3つの理由があるとされています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
            1.非線形性が存在すること。
            2.プロセスの進化が生ずる。
            3.進化プロセスも進化する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ことを面倒にしているのは、例えば生物の進化の場合、ある環境の下で進化していく
と同時に、当の生物自体が環境条件を変えるというプロセスが存在することです。これ
を「共進」ということについては、既にお話ししましたね。
 未来予測ができないということは、そこに法則性がいっさいないということを意味し
ます。法則というのは、「繰り返し」を前提として成立する概念です。つまり、同じ条
件の下では同じことが起こることが法則の本質です。近代科学においてそれが科学とd
て認められるさいに重視される法則性や再現性という概念は結局のところこの「繰り返
し」前提とする「知のパラダイム」なのです。複雑系の世界には、その「繰り返し」が
ないのです。
 複雑系から見る歴史、経済、社会、市場、企業においては、繰り返しのない一回限り
のものという考え方に立つのです。          ・・・[複雑系の話/03]
posted by 管理者 at 03:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 複雑系の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月28日

●経営とは”アート”である(EJ第370号)

 さてあなたは「経営はアートである」ということばを聞いてどのように感じますか。
 経営者から「なに寝言をいっているんだ」と怒られそうですがもし市場に対して企業
が展開する戦略が「繰り返し」のない一回限りのものであるとすると、「経営はアート
である」という意味がわかってくると思います。
 アート、すなわち芸術というのは「繰り返し」のない一回限りのものです。例えば、
ヴァイオリンの演奏にしても、同じ曲は何回でも繰り返し演奏できますが、ある環境条
件、例えば、○月○日のサントリーホールにおけるN響との共演というような環境条件
の下での演奏はその一回限りのものであり、二度と同じ演奏はないのです。
 風景を描く画家にとって、ある風景を見て感ずる心象は、やはり一回限りのものであ
り、その心象をベースに絵を描くことになります。この風景と同じ風景はけっして存在
しないわけです。芸術とは、本来そういうものであり、そこに繰り返しの効く法則など
は一切ないのです。
 企業経営における戦略もその本質においては一回限りのものであり、本来それらはけ
っして教科書やマニュアルにはならないものです。なぜなら、それらは教科書やマニュ
アルでは学び得ないものだからです。
それは、ヴァイオリニストが教科書やマニュアルによってヴァイオリンという楽器の
扱い方や弾き方は学べるかも知れませんが、ある人の作品を音楽的に表現するなどとい
うことは、教科書やマニュアルにはなり得ないのです。
それは、体得することによってしか得られないものであり、ことばによっては語り得
ないものなのです。これを複雑系では「暗黙知」といっています。田坂広志氏は企業経
営における戦略も暗黙知であるといっているのです。ことばでは語り得ないものである
ということです。
 しかるに、最近は企業戦略や経営戦略を説いた書籍が多く出版されていますが、それ
らは戦略の周辺を語っているだけであり、けっして本質を述べているわけではないので
す。
 この観点に立つと、経営者がある戦略判断を求める局面というのは、やはり一回限り
のものであり、その局面とまったく同じ局面は存在しないのです。そういう意味で経営
はアートといってもよいということになります。
 法則とは、「繰り返し」を前提として成立する概念です。同じ条件の下では、同じこ
とが繰り返し起こること、それが法則というものの本質です。近代科学においてそれが
科学として認められるためには、そこに法則性があることが条件となるのです。
 しかし、こういう法則は、物理学や生物学に存在するのはわかるのですが、人間や精
神を扱う人文科学や社会科学においても存在するのはどうしてでしょうか。それは、2
0世紀における物理学や生物学の目覚しい成功に刺激されて、自らも物理学や生物学に
なろうとしたのではないか、と田坂広志氏はいうのです。
 ところが、純粋科学ともいわれる当の物理学の領域においてすら「絶対的な法則はな
い」ということがいわれています。というのは、空間的スケールが異なれば、そこで成
立する法則は異なってくるからです。すなわち、ミクロの世界では「量子力学」、マク
ロの世界では「相対性理論」その中間領域では「ニュートン力学」というようにです。
 そして、イリヤ・プリゴジンが化学の世界において従来とは異なるまったく新しい考
え方(散逸構造理論)で自己組織化という現象を説明していますが、この考え方に立っ
て企業経営を考えると、今までどうしても説明のつかなかったいろいろな現象が理解で
きるようになってくるのです。
 私が複雑系という難しい考え方に興味を惹かれたのは、この考え方に立って物事を考
えると、今まで常識であり正しいと思っていたことが実は間違っていたり、どうしても
解決がつかない難問に解決の道が開かれたりするのではないかという期待からです。
 そのためには、人文科学や社会科学の法則なるものをすべて新しい考え方で洗い直す
必要があると思うのです。
例えば、「需要と供給が均衡し価格が安定する」という経済学の常識がありますね。
これを私は40年前に大学の経済学の授業で学んだことを今でも覚えています。これは
現在でも大学で教えていると思います。しかし、現実には、ほとんどの商品に関してこ
のことが正しくないのです。
この需要と供給の均衡という考え方には、複雑系でいうゆらぎがまったく考慮されて
おらず、ほんのわずかでもゆらぎを考慮すると、この理論は破たんしてしまうのです。
 このゆらぎを考慮して、現実的に最適の価格、生産量を決めると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      1.購買者の絶対数が多く、販売価格を上げても購買者の数が
        あまり減らないときは、原価に対して高めの値段をつけ、
        購買者の平均値よりも多めに供給し、超過供給状態を維持
        するようにする。
      2.購買者の絶対数が少なく、販売価格を上げると購買者の数
        が減る恐れのあるときは、原価に近い安めの価格を設定し
        購買者の平均値よりも少なめに供給し、超過需要状態を維
        持するようにする。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 要するに、供給は需要の平均値から意図的に外す戦略をとった方が利益が上がるので
す。1は、都市部の百貨店のとる戦略であり、2は、ラーメン屋の戦略です。経済学も
このように実用的で具体的であると興味が持てると思います。複雑系の研究、少しは興
味が持てましたでしょうか。              ・・・[複雑系の話/04]
posted by 管理者 at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 複雑系の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。