28日までの4回にわたって連載したものであることをお断りしておきます。
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今朝は複雑系の話です。
「複雑化すると新しい性格を獲得する」ということばがあります。これをごく簡単に
説明すると、次のようになります。
A、B、Cというパーツがあって、これらのパーツが集まってそれに何らかの環境変
化がキッカケになり、Xというシステムになったと仮定します。この場合XはAでもB
でもCでもない性格を持っており、まさしく新しい性格を持っていることになります。
これはパーツA、B、Cが自己組織化して、Xという新しい性格を持つシステムを生み
出した現象と説明されます。今朝はこの「自己組織化」について考えることにします。
人工生命の開発者であるラングトンがハンググライダーで事故を起こし、意識が戻っ
たとき最初に感じたのは、「以前の自分ではない」ということだったそうです。ところ
が、朝目が覚めるたびに少しずつ自分が戻ってきてやがてそれらの“自分”のパーツが
自己組織化して、自分を取り戻したといっていますが、自己組織化とはまさしくこのよ
うな現象をいうのです。
この自己組織化の研究でノーベル化学賞を受賞したイリヤ・プリゴジンという人がい
ます。彼は、次のような身近かな例で自己組織化を説明しています。
鍋の底に水を張り、この鍋を底から加熱します。鍋の底面の温度が上がるにつれて、
最初は底面に細かな気泡がランダムにあらわれて、これらの気泡が成長していきます。
そして、水の温度がさらに上昇し、ある臨界温度に達すると、突如自己組織化が起こる
のです。すなわち、鍋の底面には、あたかも蜂の巣のような幾何学模様の秩序立った気
泡構造が生み出されるのです。これがわれわれが身近に見ることができる自己組織化現
象です。
イリヤ・プリゴジンは、この自己組織化のプロセスが成立するための基本条件につい
て研究し、「散逸構造理論」をまとめ上げノーベル化学賞を受賞したのです。
この自己組織化の生成プロセスは、化学の世界だけではなく、さまざまなところで見
られます。例えば、古典的な企業組織に電子メールシステムを導入し、情報の共有化を
はかることに成功すると、組織は自然に自己組織化をはじめ、組織がやがて大きく変質
してしまうことになります。
この自己組織化に関連して、もうひとつ重要なことばがあります。「ミクロのゆらぎ
がマクロの大勢を支配する」ということばです。このことばは何を意味しているのでし
ょうか。
イリヤ・プリゴジンは、彼の散逸構造理論において「平衡状態においては、マクロの
挙動がミクロの挙動を支配する」と述べています。この「平衡状態」というのは、一定
の条件下における閉じたシステムにおける安定した状態を意味しています。
しかし、閉じたシステムなどというもので現実の現象は説明できないのです。現実の
システムはつねに動いており、推移の途上にあるのです。これを「平衡状態」に対して
「非線形性」といいます。現実の現象はつねに「非線形性」なのです。
この「非線形性」をよくあらわしているのが地球規模の大気の運動です。大気の運動
は天気予報の判断に使われるのですが、これは「非線形性」の強い現象なのです。天気
予報が正確に当らない原因もこの「非線形性」にあるといわれます。
この大気の運動を数学モデルであらわすと、「非線形方程式」になります。この方程
式は、入力データをほんの少し変更するだけで、その計算結果は大きく違ったものにな
ります。大気の運動は、あるちょっとした局所的条件が違っただけで、その広域的挙動
は大きく違ってしまうのです。
このことをさして「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが生ずる」と
いう例えが使われるのですが、これが「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」と
いうことばの意味なのです。宇宙、地球、自然、生命、社会、市場、企業などはいずれ
も非線形の性質を持っており、「ミクロのゆらぎがマクロの挙動を支配する」という現
象はよく観察されるのです。
『第3の波』のアルビン・トフラーは、『戦争と平和』という本の中で、次のような
意味深長なことを述べています。
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『システムが「まったくバランスを欠いている」場合には、通
常の法則を破る奇妙な動き方をする、ということだ。そんな時
システムの動きは非線形的なものになる。つまり、些細な原因
が、巨大な結果を引き起こすこともあるのだ。遠い国で起きた
「些細」な戦争が、予測しがたい出来事に何度もぶつかってい
くうちに、雪だるま式に大きくなり、しまいには大戦争に発展
することだって考えられるのである』。(アルビン・トフラー
著、徳山二郎訳『戦争と平和』フジテレビ出版)
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このあとトフラーは「世界システムはプリゴジン的性格を帯びつつある」といってい
るのです。これは、世界のほんの片隅で起こった民族紛争によってさえそれが大戦争に
発展し、世界平和が崩壊する恐れがあるということを述べているのです。
これは、システム内のわずかな「ゆらぎ」がシステム全体の大きな変化に発展するこ
とを示唆しています。ここで、大きな変化とは、新しい構造変化への進化もあるし、シ
ステム全体の突然の崩壊も意味しているのです。
米国の一人のアントレプレナーであるビル・ゲイツという青年が起こした創意と情熱
が、世界全体を巻き込むウインドウズブームに発展したのも、ミクロのゆらぎがシステ
ム全体の大勢を支配する現象といえると思います。
さて、ここでいう「ゆらぎ」は人間の脈拍にもあります。それは健康な人ほど多く、
心臓疾患を持っている人ほど少ないといわれます。また、起きているときよりも眠って
いるときの方がゆらぎは大きいこともわかっているのです。
実は、この「ゆらぎ」だけで何冊も単行本が出ているのです。最近出版された一冊を
添付ファイルでお見せしておきます。 ・・・[複雑系の話/01]