た小沢征爾は病気療養のため、2006年度ウィーンでの活動を降板して日本で音楽活
動を再開しました。
この記事は、2002年12月18日から2003年1月7日までの9回にわたって
連載したものの再現版であることをお断りしておきます。
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年末年始になると、きまって話題になるのがウィーン・フィルというオーケストラで
す。元旦の夜には、NHKテレビでニューイヤーコンサートが放映されることも、この
オーケストラが年末年始に話題になる原因でもあります。
まして、今年の元旦は、小沢征爾がニューイヤーコンサートの指揮者として初登場し
たこともあって、例年以上にウィーンフィルが話題になった年でもあったのです。
ウィーン・フィルに関する本も多数出版されていますが、中でも、現在、音楽プロデ
ューサーとして活躍しておられる中野 雄(たけし)氏の著作『ウィーン・フィル/音
の響きの秘密』(文春新書279)は、ウィーン・フィルに関する情報満載の好著であ
るといえます。
ところで、今年のウィーンの秋の音楽の話題は「オザワ」一色であったようです。小
沢征爾が国立歌劇場の音楽監督として指揮した初のオペラは、ヤナーチェク作曲の『イ
エヌ−ファ』だったのですが、これが大好評だったからです。
今年のニューイヤーコンサートのオザワの指揮ぶりについては、EJでも取り上げた
通り、大変見事な演奏だったのですが、日本国内の批評家や演奏家によると、賛否両論
に分かれるのです。
EJでも取り上げた音楽評論界の大御所的存在である吉田秀和氏は、2001年のニ
ューイヤーコンサートに登場したニコラウス・アーノンクールの指揮はつまらないと切
り捨てたうえで、オザワの指揮を絶賛しています。しかし、ウィーン・フィルの方はこ
のアーノンクールを大変高く評価しており、2003年のコンサートはアーノンクール
に決まっているのです。
昨年のニューイヤーコンサートを現地で聴いたピアニスト西野真由さんは、次のよう
にいっているのです。
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現地で聴いたのですが、アーノンクールとウィーン・フィル
のコンビには、匂い立つような気品が感じられました。小澤さ
んの指揮には、テレビで見た限りですが、あの気品は備わって
いないみたい・・・/西野真由さん
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今年のニューイヤーコンサートのリハーサルのときの秘密の情報があります。オザワ
は、ワルツ独特の微妙な揺れがうまくできずに、テレビが入っていない日は、一曲終る
ごとにコンサートマスターを隅っこに呼んで、険しい表情で指導していたそうです。と
ても険悪なムードで、廊下でオザワとすれ違った団員も肩をすくめる始末だったようで
す。本番の指揮者と団員の和やかなムードからは信じられないような話ですね。
ヨハン・シュトラウスの作ったウインナワルツのリズムは、演奏のさい、2拍目が微
妙に長くなるのだそうです。楽譜には4分音符が3個並んでいるだけなのですが、あれ
を楽譜に忠実に演奏したら、ウィンナ・ワルツにならないし少なくともヨハン・シュト
ラウスの音楽にはならないのです。オザワはそれに悩んでいたのではないでしょうか。
中野氏によると、今年のニューイヤーコンサートの最大のできは、ワルツ「ウィーン
気質」だというのです。この曲は、オザワの強い要望で加えられたプログラムだったそ
うです。
中野氏が何をもって「最大のでき」と判定したのかというと、この曲の終了後、オザ
ワと握手を交わしているコンサート・マスター、ライナー・キュッヒルの表情がとても
満足しているように見えたからといっているのです。キュッヒルという人は、なかなか
こんな嬉しそうな顔はしない人だそうです。
中野氏は、ウィーン・フィルのメンバーととても親しく、実際に会って話す機会も多
いので、そういうことがいえるのです。確かに、DVDで確認してみると、キュッヒル
は嬉しそうな表情を浮かべています。映像時代の音楽鑑賞は、こういうことがあとから
できるので、便利なのです。
中野氏がこのライナー・キュッヒルにインタビューしたとき、「良い指揮者とは、ど
ういう指揮者をいうのですか」と聞いたのです。そうしたら、キュッヒルは間髪を入れ
ず、こう答えたというのです。
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私たちの音楽を邪魔しない指揮者のことをいいます
――ライナー・キュッヒル
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とにかく、ウィーン・フィルというオーケストラは誇り高いのです。実際にそうであ
ったかどうかは闇の中ですが、今年のニューイヤーコンサートのリハーサルにおいて、
ウィーン・フィル対オザワは、決裂寸前までいったようなのです。中には、次のような
激しいことばも裏では囁かれたというのです。
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古いウィーンの町。そこで暮らした人々の哀歓が染みついたア
パートの壁紙とカーテン。そんなシミの意味も理解できないよ
うな男にシュトラウスの音楽が振れてたまるか!
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・・・ [小沢征爾論/01]