インフレターゲット論を「経済をあえてインフレにして借金をチャラにする政策」と
いうようにいう人がいます。何やらそこには、お札を刷ることのうしろめたさというも
のがあるようです。何となくわるいことでもするような、そんなうしろめたさです。
しかしそれはおかしな話です。必要なときにお札を刷って信用を創造して経済を活性
化させ、行き過ぎたときはお札を引き上げて金融を調節するのが日銀の仕事なのです。
さて、日銀は、3月19日に「量的緩和」に踏み切り、「消費者物価指数が前年比ゼ
ロ以上になるまで、資金を金融市場に供給する」と言明しています。
これは、「消費者物価指数がゼロになる」ことをターゲットとして、日銀があらゆる
手を打つというように解釈できると思います。インフレターゲット論を説く人は、この
目標をゼロではなく2〜3%に設定しろといっているだけのことであり、そういう意味
では日銀はすでにインフレターゲット政策をとっているともいえると思うのです。
しかし、3月19日以来日銀のやっていることは、ゼロ金利政策と何も変わっていな
いのです。株価が下落して世間が騒がしくなると、日銀は量的緩和と称して短期金融市
場にお金を流すだけであり、その実態は、「金融緩和策をパッケージ化したゼロ金利政
策の改良版」そのものです。
日銀は、今回の金融緩和策には、「消費者物価指数がゼロになる」という目標に加え
て「日銀当座預金の残高を5兆円にする」という目標も掲げています。このあたりに日
銀の巧妙な戦略が感じられるのです。
というのは、日銀はまず、「日銀当座預金の残高を5兆円にする」に手をつけてこれ
を達成しています。これだけだと、ゼロ金利政策と変わりはないのです。ここで様子を
見て、問題があれば、さらに1兆円増やすというように政策を小出しにする作戦と思わ
れるのです。しかし、こんなやり方では、余剰資金が市場に向かわず、当座預金の中に
滞留するだけなのです。銀行が不良債権の処理などの関係で積極的に貸出しをしないの
ですから、日銀は他の方法をとって新しいお金を市場に流す方法を考えるべきです。
「お金は供給しているが企業に資金需要がない」といい続けるだけでは、日銀は責任
転換しているといわれても仕方がないと思います。量的緩和とは、ずばりお札を印刷し
て市場に購買力を与えることなのです。
仮に日銀がある人の家を買うとしましょう。日銀が銀行を飛び越して市場から直接、
しかも金融資産でない不動産を買うなんてとんでもないという人がいるかも知れませ
んが、べつに日銀がやってはいけないことことではないのです。
買値を提示する必要がありますが、市場価格以上の値をつければ、その人は売る気に
なるはずです。日銀はお札を印刷してその人に代金を支払ったとします。支払いの方法
として日銀は、その人の取引銀行の日銀当座預金に振込み、そのうえで代金がその人の
口座に入ることになります。
家の代金を入手できたその人は、購買力が増加したことになるので、そのお金を一部
使って何かを購入するはずです。家を売ってしまったのですから、前よりももっと広い
一戸建てを購入するか、マンションを購入するかも知れません。そして、その代金は売
り手に渡り、その人はまた何かを買って誰かにお金を渡すというように連鎖的に経済行
為がはじまるのです。これが大規模で起これば市場は間違いなく活性化します。
日銀はまさに無から有を創り出したことになるのです。日銀が市場に直接手を出すの
は平時は避けるべきですが、現在は銀行が機能を果たしていないので、仕方がないので
す。
日銀のやることはいくらでもあります。高利回りの不動産であるとか、その流動化証
券である不動産投信(REIT)、株式時価総額先物とそれに連動する投信を買い入れ
ることもできます。そして、日銀の一番嫌がる国債の直接引き受けなど、そのときどき
の情勢に応じて的確に手を打って、日銀自らが掲げた消費者物価指数をゼロに持ってい
くべきであります。そういう意味において、日銀は自ら掲げた目標を達成させるための
手をほとんど打っていないのです。他に責任を押し付けています。
といっても日銀の意思決定は、速水総裁の独断で決まるわけではないのです。日銀の
政策委員会のメンバーは、速水総裁を含めて9人です。これら9人のメンバーは、次の
ように色分けすることができます。(添付ファイル参照)
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≪金融引き締め派≫
速水優総裁、藤原作弥副総裁
≪ニュートラル派≫
山口泰副総裁、武富将審議委員、三木利夫審議委員、
須田美矢子審議委員
≪金融緩和派≫
中原伸之審議委員、植田和男審議委員、田谷禎三審議委員
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現在の政府と日銀のあつれきは、昨年8月11日の「ゼロ金利解除」のときの葛藤が
影響しています。2000年6月になると日銀はゼロ金利解除のサインを出しはじめた
のですが、7月12日にそごうが破綻すると、当時の宮澤喜一大蔵大臣は日銀に対して
「冷静な対応を」と釘をさします。
これでゼロ金利解除は当分延びると誰もが思ったのです。しかも、8月に入って消費
者物価やGDPデフレータは低下し、解除の環境としては最悪になっていたからです。
9日になると、衆議院の山本幸三議員、渡辺喜美議員、深尾光洋慶応義塾大学教授ら7
人が日銀に対して、「ゼロ金利解除すべきではない」という緊急提言を突きつけたので
す。
しかし、日銀は「これでは日銀の独立性を脅かされる」と判断して、面子でゼロ金利
解除を強行してしまったのです。 ・・・[円の支配者日銀/19]
2008年04月17日
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