日銀の問題を考えるとき、短期金融市場(以下、コール市場)についての理解が必要
になります。EJでは何度かやっていますが、今朝はこれをもう少し詳しく説明するこ
とにします。
コール市場とは金融機関の間で資金を融通し合う市場のことです。コール市場の「コ
ール」という言葉は、呼べば直ちに戻ってくる資金(money at call )という意味で、
ごく短期の資金を意味しているのです。
1997年11月17日に北海道拓殖銀行が、26日には徳陽シティ銀行が破綻した
のですが、直後に取り付け騒ぎが起こっています。実は、その破綻の前にコール市場と
いうプロの市場で取り引き停止が起こっていたのです。コール市場で破綻両行は企業と
しての信用を失い、資金繰りがつかなくなりそれが破綻の直接の原因となったのです。
それでは、コール市場と日銀はどういう関係にあるのでしょうか。これを明らかにす
る必要があります。
銀行は日銀に当座預金口座(日銀当座預金)を持っています。日本の銀行は、銀行の
銀行である日銀の当座預金に「準備預金」というかたちで、一定のお金を預けることを
義務付けられているのです。これを準備預金制度といいます。
準備預金は、銀行の預金量の割合に応じて決められています。準備預金に金利はつか
ないので、各銀行は決められている額ぎりぎりしか積みません。毎月16日から翌月1
5日までの平均残高でいくらというかたちなので、平均的に積むのか最初はあまり積ま
ずあとからたくさん積むのか、あるいはその逆で行くのかは銀行にまかされています。
もし、所要額に達しないと「過怠金」を納めさせられることになっています。
われわれが銀行から預金を取り崩して現金を引き出すと、その銀行は日銀当座預金か
ら準備預金を引き落として対処します。年末には多くの預金が引き出されるので、銀行
は多額の現金を用意する必要があります。
日銀の地下の大金庫から各銀行に向けて紙幣が大量に運び出されるのですが、これに
より各銀行の準備預金は減少します。一定の準備預金を積むことを義務づけられている
銀行にとっては「資金不足」の要因になります。
さて、個人や企業が銀行預金を取り崩して税金を政府に納めれば、銀行の準備預金は
減少し、その代わり政府が日銀に預けている預金が増加します。逆に政府が公共事業費
などを民間に支払えば、政府預金が減少して、準備預金は増加します。
経済全体の資金の過不足は、このように民間と銀行との現金のやりとりと、税金の支
払いによって変化するのです。こういう資金の過不足は個々の銀行によって違いがあり
銀行同士での頻繁な資金の融通が必要になります。この資金繰りを毎日行っているのが
ール市場なのです。
このコール市場の金融コントロールを行うのは日銀です。市場の資金過不足の状況を
把握し、市場に資金を供給したり、回収したりするのです。この行動を「金融調節」と
いいます。法人税などの納付期限やボーナスの支給などの季節的要因による資金量の変
動を最小限にコントロールのも金融調節です。
市場関係者が注目しているのは日銀の金利政策です。日銀は資金供給を意図的に絞っ
たり、緩めたりして、政策意図を市場に伝えます。日銀が短期金利を高くしようと思え
ば、資金供給の量を絞り、銀行が準備預金を積み立てるペースを遅らせます。そうする
と、銀行の資金繰りは苦しくなり、コール市場の需給は逼迫し金利は上昇します。
この金融調節で日銀が直接の誘導対象としているのは、翌日物の「無担保コールレー
ト」(オーバーナイトレート)です。この金利を調節することによって銀行の貸出しを
増減させることができるのです。
日銀による金融調節には、公定歩合での「日銀貸し出し」という手段もあります。こ
の「銀行貸し出し」は、銀行が金融市場から調達するコールレートよりも公定歩合が低
いときは銀行としてうまみがあったのです。例えば、公定歩合がコールレートよりも1
%低いとき、1000億円の貸し出しを受けると、年間10億円儲かるのです。これは
銀行の収益支援となります。
日銀はそういう意味で銀行の生殺与奪の力を握っており、日銀に協力的でない銀行は
「日銀貸し出し」が受けられなかったり、「日銀貸し出し」を引き上げられたり、準備
預金が積み立て不足のときに貸してくれなかったり、いろいろいじわるをされることが
あるそうです。こういうぎりぎりの嫌がらせのことを日銀内では「焼き鳥」と呼んでい
るのです。「東海銀行を焼き鳥にする」などというのです。こういうところが日銀の不
正の温床となっているのです。また、日銀と短資会社との癒着も取り沙汰されています
が、これについては明日お話しします。
さて、北海道拓殖銀行破綻のさいの日銀の行動をチェックしてみます。1997年1
1月15日が土曜日であったこともあり、14日の金曜日が日銀への準備預金の積み上
げ最終日に当ってたのです。ところが拓銀は資金の調達はできず、100億円を超す積
み不足が生じていました。普通ならコール市場で金融機関から融通できるのですが、す
でにこの時点で、コール市場において拓銀向けに資金を出す金融機関はなくなっていた
のです。
しかし、日銀は14日の時点で拓銀が実質上債務超過にあることが分かっていたので
日銀は何もせず、翌15日に拓銀経営陣は自力再建を断念するのです。拓銀が破綻を発
表したのは17日のことです。拓銀はすでにコール市場において破綻を宣告されていた
のです。 ・・・[円の支配者日銀/04]
2008年03月27日
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