2008年03月17日

●クライバーグラムというものがある(EJ第1471号)

 カルロス・クライバーは、豊かな音楽的感性を持っていた人であったので、自分の芸
術上の考え方が合わないと、公演をドタキャンしたり、人間関係でトラブルを起こした
りしたのです。
 EJ第1466号で、カラヤンはクライバーを一度もベルリン・フィルに招いていな
いと書きましたが、これは事実です。しかし、ベルリン・フィルとしては、3回にわた
りクライバーに出演を要請し、クライバーは2回にわたりベルリン・フィルを振ってい
ます。
 最初のオファーは今から20年ほど前の話なのですが、公演直前になって突然ドタキ
ャンされたのです。ドタキャンの理由はクライバーが郵送した「書き込み入りの楽譜」
をベルリン・フィル側が楽員に配布していなかったということだったのです。
 演奏曲目は、ベートーヴェンの交響曲第7番なのですが、クライバーは総譜に演奏上
の指示を書き込んでおり、その譜を最初のリハーサルの一週間前にベルリン・フィル側
に郵送しておいたのです。しかし、最初のリハーサルの2日前にクライバーはベルリン
・フィルに電話を入れて、楽譜は楽員に配ってあるかどうか問い合わせをしたのです。
 しかし、ベルリン・フィル側は、その楽譜を配っていなかったのです。そのようなこ
とをする指揮者はクライバー以外にはいないので忘れていたか、一週間前では作業が間
に合わなかったのかも知れません。「まだ整理できていない」――この返事を聞いたと
たんクライバーは「それなら、私は行きません」といったというのです。
 些細なことといえばそれまでですが、クライバーにとってこれはとんでもないことな
のです。彼は、自分の芸術的条件を満たす状況が整わないと、絶対に指揮をしないので
す。それ以来、クライバーとベルリン・フィルとの関係は冷却してしまったのです。ベ
ルリン・フィル側は謝罪するとともに、その後何回も出演を要請したのですが、いずれ
拒否されています。しかし、それから、10年ほど経過して、ドイツ連邦共和国ヴァイ
ツゼッカー大統領催のコンサートではその招待に応えて2回指揮をしています。
 クライバーがベルリン・フィルを振ったのは、あとにも先にもこの2回だけです。そ
れは、ドタキャン事件の後遺症というよりも、心から尊敬し、畏怖していたカラヤンの
レベルに自分はまだ達していないのではないかということを非常に気にしていたことも
あって、演奏を逡巡したということもあったといえるのです。
 1989年にカラヤンが亡くなったとき、その後任について協議があったのですが、
実はベルリン・フィルは全員一致でクライバーに声をかけたのです。多分引き受けては
くれないだろうとは思ったそうですが、とにかく第一候補はクライバーだったというの
です。しかし、彼は引き受けなかったのです。
 ところで、ドタキャンの原因となったクライバーの書き込み譜のことですが、これは
「クライバーグラム」といって大変有名なのです。クライバーは70年代においてこの
クライバーグラムを必ず使っていたのです。
 添付ファイルにクライバー直筆のクライバーグラムを付けています。これは、197
6年10月24日に上演された楽劇『ばらの騎士』の練習において楽員に配布されたも
のですが、次のように書いてあります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
      第1幕、練習番号217から218にかけて。オーケスラの高
      い声部の旋律に合わせてフレージングすること。(221から
      222にかけても同じ)
      第2幕、練習番号19の1小節前。全員「ff」でお願いする。
      (楽譜の指定はf)
                心からの感謝を込めて/C.クライバー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マゼールという大指揮者がいます。彼は頭の中に楽譜がコンピュータのように詰まっ
ていて、1音間違えてもすぐわかるという指揮者です。しかし、クライバーは少しぐら
い間違えても、自分の音楽のイメージに合致していれば何もいわないのです。
 クライバーは、その音楽のイメージをいろいろな表現で楽員に伝えています。たとえ
ば、ベートーヴェンの交響曲第7番の演奏について、クライバーは次のように楽員に説
明しています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
       この曲を演奏するやり方は100以上あるでしょう。しかし
      実際には2つの選択肢しかありません。1つは、びっくり箱を
      開けた途端にあなたに向って音が次々と襲ってくる状況です。
      もうひとつは、波がぶつかるような音の連続です。
                       ――カルロス・クライバー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 クライバーグラム――実はこれは父エーリッヒ・クライバーの影響なのです。エーリ
ッヒはカルロスに正規の音楽教育を受けさせていませんが、オーケストラのステージ・
マナーについてはよくカルロスに話していたそうです。
 コンサートが終了し、指揮者が拍手で舞台に迎えられると、指揮者は演奏が素晴らし
かった楽員を一人ひとり立たせて褒めることがあります。エーリッヒはそれに反対なの
です。彼は立たせるのであれば、全員を立たせるべきであり、特定の奏者を立たせては
ならない――あんなのは、ドック・ショーだとよくいっていたそうです。
 そのことの是非はともかくクライバーはこれを絶対にしていないそうです。それから
傑作なのは「指揮者はメガネをかけるな」という教えです。
 クライバーは目は悪いのですが、コンタクトレンズをつけていたのです。メガネをつ
けていると何かの拍子に手が当って飛んでしまう可能性があるからです。クライバーは
冗談にメガネをつけない理由を「メガネをつけるとサバリッシュに似てしまうから」と
いっていたそうです。                ・・・ [クライバー/06]

3.17クライバーグラム.jpg
posted by 管理者 at 03:58| Comment(1) | TrackBack(0) | クライバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この最初のキャンセルの曲目はベートーベンの7番ではなく4番だったのではありませんか。別のブログにはそう書いてあります。
http://www.thrsw.com/misc_j/2003/02/post_15.html
また、最近でた小澤征爾と村上春樹の対談本でも小澤は4番についてクライバーが指揮するとかしないとかを目の前で見ていたとありますが、そうすると楽譜の事前配布の問題ではなくなります。お書きになっておられることの出典を教えていただければと思います。
Posted by Sheepsong55 at 2011年12月03日 20:32
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