2007年10月25日

●パシュトゥン人がユダヤ人である証拠(EJ第806号)

 昨日、アーサー・ケストラーの「アシュケナージ・ユダヤ人は偽のユダヤ人である」
という説をご紹介しました。しかし、『日本・ユダヤ封印の古代史』(徳間書店刊)の
著者であるラビ・M・トケイヤー氏は、ケストラーの説は間違いであるとはっきりいっ
ています。
 といっても、740年頃カザール王国の王と国民が全員ユダヤ教に改宗したことは本
当のことなのですが、これらの改宗ユダヤ人は、カザール王国が滅びたときに死に絶え
ているとトケイヤー氏はいうのです。そうなると、アシュケナージ・ユダヤ人は、西暦
70年のエルサレム陥落によってイスラエルの地から世界に離散したユダヤ人たちの
末裔、すなわち、南朝ユダ王国の末裔ということになります。
 続いて、アフガニスタンのパシュトゥン人がイスラエルの10支族の末裔ではないか
という点について、ラビ・M・トケイヤー氏はいくつかの証拠を上げています。
 なお、パシュトゥン人は外国人の間では「バタン人」とか「バタニ/ヘブル語でバタ
ン人」といわれますが、彼ら自身は、そう呼ばれることを好まず、自らパシュトゥン人
といっています。
 証拠の第1は、衣にイスラエル人と同じ房をつけていることです。「カファン」と呼
ばれる彼らの少し小さめのタリート(祈祷衣)にはユダヤのタリートと同様に四隅に房
がついているのですが、これは聖書の時代にさかのぼることができる古くからのイスラ
エル人特有の風習なのです。
 証拠の第2は、パシュトゥン人には聖書に記されているのと同じ安息日の風習がある
ことです。安息日とされるその日には、彼らは労働や料理の煮たり焼いたりはしないの
です。
 証拠の第3は、パシュトゥン人の間にはイスラエルの10支族の族長名と同じ名前が
非常に多いことです。アシェル、ガド、ナフタリ、ルベン、マナセ、エフライム――な
どの姓で呼ばれている人々がとても多いのです。
 証拠の第4は、パシュトゥン人は聖書と同じ食物規定を守っているということです。
この地域では、馬やラクダの肉を食べるのが普通ですが、パシュトゥン人は口にしませ
ん。これはユダヤ人も同じです。聖書で食べるのを禁じているからです。
 証拠の第5は、パシュトゥン人が「パシュトゥンワリ」と呼ばれる独特の律法体系を
持っていることです。この律法体系は、ユダヤのトーラー(モーセ五書、旧約聖書のは
じめの5巻)にとても似ています。トーラーというのは、ユダヤ人が最も重んじる聖典
であり、ユダヤ人としての生活全般にわたる規範となっているのです。
 証拠の第6は、パシュトゥン人がセム人種的な特徴を持っていることです。アフガニ
スタンには21もの民族が住んでいるといわれますが、パシュトゥン人とユダヤ人だけ
がセム人種的な風貌をしているのです。
 彼らの顔は面長で色白、一部には青い目の人もいます。そして、あご髭や頬髭をはや
しているので、ユダヤ人との見分けはつかないのです。アフガニスタンは長い間英国の
統治下にあったのですが、英国人たちはパシュトゥン人たちをユダヤ人と呼んでいたそ
うです。それほどそっくりなのです。
 以上の6つの特徴に見られるように、タリバン/パシュトゥン人は、どうやらイスラ
エル10支族の末裔に違いないようです。彼らは現在はイスラム教徒ですが、明らかに
他の民族とは違う特色を持っているのです。その特色はイスラエル人そのものであるか
らです。
 ところが、アフガニスタン以上に日本にもイスラエルの風習が色濃く残っているので
す。今回はこれについて詳しくは述べませんが、パシュトゥン人がユダヤ人である第1
の特徴してあげた衣の房に関しては、日本では神社の神主さんの衣装、つまり神道の神
官の衣装に残っています。
 日本神道の神官が着る白い祭司服には、袖のところに糸を何本か垂らした飾り――つ
まり「房」がついていますが、古代イスラエル人の風習と同じです。聖書にも次の記述
があります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
        『身にまとう着物・・・に房を作らなければならない』
                       (申命記22.12)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらに、日本神道の神官は、肩から膝のあたりまで、体の前後にかけて、長方形の布
をかぶっており、腰のあたりを帯で締めています。これは、イスラエルの祭司たちが着
た外衣「エポデ」にとてもよく似ているのです。
 また、古代イスラエルの祭司は帽子をかぶっていますが、日本神道の神官もまた帽子
をかぶっています。神官の袴や帯も古代イスラエルの祭司のものに似ています。
 日本神道の神官の話になったのでついでに述べておくと、日本神道のお祓いも古代イ
スラエルの風習によく似ているのです。日本の場合は、榊の枝をサーッ、サーッと左右
に動かして、お祓いをします。または、榊の枝ではなく、棒の先に白いギザギザをつけ
た「祓い幣(ぬさ)」といわれるものでお祓いをしますが、昔は清めのために植物の枝
や穀物が使われたのです。
 この植物を揺り動かすのは古代イスラエルの風習なのです。当時イスラエルの祭司た
ちは、ヒソプという植物を左右上下に揺り動かしてお清めやお祓いをしていたのです。
これなどは、どう考えても日本神道に通じるものがあるのです。やはり、失われたイス
ラエルの10支族は、はるばるシルクロードを旅して、その終点に当たる日本まできた
のでしょうか。
 ニューヨークの同時多発テロからスタートして、米国政府、ビンラディン、タリバン
から古代イスラエルの歴史まで、詳しくたどってきました。もう少し現代のイスラエル
を研究する必要があると思いますが、明日からはこのテーマにも関連する新しいテーマ
を取り上げたいと考えております。    ・・・[9.11とアフガン戦争/20]

日本神道神官.jpg
           

posted by 管理者 at 04:29| Comment(0) | TrackBack(1) | 9.11とアフガン戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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タリバン 1/2 〜アフガンをめぐって
Excerpt: タリバンを構成するのは、2000万のアフガニスタン人口の約40%を占めるパシュトゥン人。パシュトゥン人は、かつて300年にわたりアフガニスタンを支配したが、最近は他の少数民族によって、その地位を失って..
Weblog: 投資一族のブログ
Tracked: 2012-08-16 21:11
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