2007年08月24日

●謎の飛行物体はSSM−1である(EJ第1056号)

 JAL123便が事故時刻に飛んでいた空域は、「関東南A空域」と「関東西空域」
の2つです。それぞれの空域にその時刻にどのような航空機がいたかを調べた記録があ
ります。
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      ≪関東南A空域≫      ≪関東西 空域≫
       1.全日空トライスター   8.全日空ボーイング747
       2.全日空YS11     9.全日空トライスター
       3.日航ボーイング747 10.日航ボーイング747
       4.東亜国内航空DC9  11.ノースウエスト航空
       5.ビーチクラフト機   12.大韓航空
       6.米軍機C―130   (11と12の機種はいずれも
       7.自衛隊機C−1    ボーイング747)
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 このほか、関東西空域に米軍機がもう1機存在していたのですが、位置や高度などは
不明です。この中で注目すべきは、自衛隊機C−1です。C−1は、人員や兵器を輸送
するずんぐりとした航空機なのですが、外形はこれとそっくりのEC−1という航空機
があるのです。
 EC−1は、C−1を電子戦用に改良したもので、所属は岐阜の航空実験団です。こ
の航空実験団というのは、航空機および搭載装備品、支援機器、電子機器、兵装などの
試験・評価と、これらの基礎的な運用、研究、開発をやっているのです。諸般の情勢か
ら考えて、この空域にいたのは、C−1ではなく、EC−1であると考えられます。
 重要なことは、JAL123便事故の1985年8月12日には、このEC−1は納
入前のテストをしており、試験飛行をしていていたこと、それに護衛艦「まつゆき」も
納入前の試運航をしており、EC−1、「まつゆき」の両方とも厳密には国有財産とし
て未登録であったことです。
 国有財産でない場合は、所有権は製造会社側にあるので、これらの航空機や艦艇が実
際にやったことの報告義務から法的には免れることになります。実際に何が行われたか
を究明するのは非常に困難になるのです。
 訓練支援艦「あづま」が8月12日に呉港にいたことによってJAL123便の垂直
尾翼に衝突した謎の飛行物体は「ファイア・ビー」でないことは確かです。なぜなら、
「ファイア・ビー」は、訓練支援艦がいないと飛行させることができないからです。
 そこで、謎の飛行物体として現在考えられているのは、1985年当時鋭意開発が進
められていた沿岸防衛用国産巡航ミサイル「SSM−1」のプロトタイプ、すなわち、
爆薬を搭載していない演習用ミサイルではないか――と考えられるのです。
 2月25日に北朝鮮が発射した「シルクワーム」も、沿岸の艦艇を攻撃する地対艦ミ
サイルですが、SSM−1はより性能が高く、かなり長い射程でミサイルを発射し、管
制できる巡航ミサイルなのです。
 JAL123便墜落事故の3年前の1982年、アルゼンチンとイギリスのフォーク
ランド紛争が勃発したのですが、アルゼンチン空軍の「シュペル・エタンダール」機が
放ったフランス製ミサイル「AM39エグゾセ」が、イギリス軍のミサイル駆逐艦、「
シェフィールド」(3500トン)を轟沈し、世界の軍事関係者に衝撃を与えたのです
。これは、空対艦ミサイルですが、これが刺激となってSSM−1の開発に拍車がかか
ったのです。
 SSM−1は、地上基地、陸上移動発射台、あるいは航空機からでも発射できる巡航
ミサイルで、その飛行モニターを空中では電子戦機EC−1、海上では護衛艦「まつゆ
き」が実施する――これなら、ミサイルの発射実験は可能なのです。
 そして、同時にその空域にいた米軍のC−130やもう1機の米軍の正体不明機も、
日本の巡航ミサイルの発射実験をモニターしていたと考えられます。米軍は、民間機、
軍用機を問わずコックピットと管制塔との交信すべてを傍受するシステムを敷いている
からです。その証拠に、所沢市の東京航空交通管制部(東京ACC)のすぐ隣りに米軍
の通信傍受施設があるのです。
 その国産巡航ミサイルの飛行実験が何らかのアクシデントで、演習用ミサイルをコン
トロールすることができなくなり、民間航空機の空域に入り込んでしまい、JAL12
3便の尾翼に衝突したのではないか――と一応考えられるのです。
 JAL123便の尾翼が吹き飛んだとみられる地点の南40キロメートルの高度15
00フィート付近は、R−116という自衛隊の演習区域になっているのです。雫石で
全日空機が自衛艇のF86F戦闘機と衝突して墜落したのも、自衛隊機が民間航路へ侵
入した結果なのです。けしからん話ですが、自衛隊戦闘機パイロットの中には、民間航
空機を敵機とみなして訓練する者もいるということです。
 さて、護衛艦「まつゆき」には、艦対空ミサイル「短SAMシースパロー装置」が搭
載されています。1985年8月12日に「まつゆき」は相模湾・伊豆沖で試運航中で
あったのですが、当然、ミサイルの発射実験とその誘導レーダーの操作、命中について
のテスト訓練をやっているはずです。したがって、そういう飛行物体が民間航空路に迷
い込む可能性はゼロではないのです。
 しかし、爆薬の入っていない巡航ミサイルが「まつゆき」から打ち上げられたのか、
内陸部の車両発射台から打ち上げられたのか、もしくは航空機から発射されたのかは、
わかっていないのです。巡航ミサイルであれば、自衛隊の東富士演習場から打ち上げら
れ、富士山を迂回して、相模湾上空でJAL123便に遭遇するということも、十分考
えられるのです。
 ボイスレコーダなどの分析記録によると、操縦クルーや乗客の一部がその謎の飛行物
体を目撃しているフシがあるのです。事故調査委員会はそういう事実も知ったうえで、
あくまで圧力隔壁破損が垂直尾翼破壊の原因であることで通してしまったのですからよ
ほど外部からの飛行物体の存在を隠したかったのでしょう。
                        −−[御巣鷹山事故の謎/05]

護衛艦/まつゆき
posted by 管理者 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 御巣鷹山事故の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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