2007年08月21日

●後部圧力隔壁破損は起こっていない(EJ第1052号)

 JAL123便の機内に、「急減圧」があったか、なかったかは、事故のあと、大き
なテーマとなって、いろいろなところで実験が行われています。その結論として急減圧
はなく、したがって後部圧力隔壁の破損もなかったということがいえるのです。
 しかし、事故調査委員会は「後部圧力隔壁破損説」をいささかも譲ろうとはせず、再
調査もしないまま、事故後17年が経過しているのです。
 急減圧がなかったいう根拠についてまとめておきます。根拠は4つあります。
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        1.JAL123便は、規定の急降下をしていない
        2.酸素マスクは降りたが、クルーは使っていない
        3.墳流で乗客も荷物も噴き飛んでいる様子はない
        4.生存者の機内の状況目撃証言でも急減圧はない
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 第1の根拠は、JAL123便のクルーは、機を急降下させていないことです。機内
に急減圧が発生すれば、直ちに急降下を行うことが義務づけられているのですが、JA
L123便は高度を2万2000フィートに下げる許可を求めただけで、急降下させて
いないのです。それは、急減圧がなかったことを意味していることになります。
 第2の根拠は、酸素マスクが降りてきたにもかかわらず、パイロット・クルーはそれ
を着用していないことです。これは、マスクをつけなくても操縦ができたことを意味し
ており、これも急減圧がなかったことを意味しています。
 それに酸素マスクが降りたのは、急減圧のせいではなく「ドーン」という何かがぶつ
かった衝撃によって降りてきたのではないかともいわれているのです。
 第3の根拠は、墜落前の機内写真によると、酸素マスクは降りているものの、比較的
機内は整然としていることです。もし、本当に急減圧が起きていれば、乗客や荷物が後
ろに噴き飛んで大混乱になっていたはずなのに、そういう状況は見られないのです。ボ
イスレコーダにも、それをうかがわせるものはいっさい入っていないのです。
 第4の根拠は、生存者の落合由美氏の証言でも急減圧は起きていないのです。乗客は
降りてきた酸素マスクは当てているが、混乱はなかったと落合氏は証言しています。事
故機の機内にいた人自身がそう証言しているのですから、これ以上確かなことはないは
ずです。
 しかるに、事故調査委員会は、それでも後部圧力隔壁の破損の一点張りなのです。そ
れにJAL123便の過去の事故を持ち出して正当化しようとしているのです。
 JAL123便は、JA8119機というのですが、墜落事故を起す前に、2つの事
故を起しているのです。事故調査委員会はこの事故と後部圧力隔壁破損を結びつけてい
るのです。
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      1978年6月 2日 ・・・ 大阪空港でのしりもち事故
      1982年8月19日 ・・・ 千歳空港の滑走路での事故
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 JA8119機は、1985年8月12日の墜落事故の7年前の6月2日に、大阪空
港において「しりもち事故」を起しています。着陸のさいに進入角度を大きく取りすぎ
、尾翼付近の機体底部を滑走路に接触させ、その部分が幅約1メートル、長さ約17メ
ートルにわたって破損しています。
 このときは、ボーイング社から修理チームが来日し、圧力隔壁の下半分を取り替えて
いるのです。墜落事故後のボーイング社の話によると、圧力隔壁には亀裂が入っていた
ので後部全体を取り替えており、新品同様であるといっているのです。しかし、事故調
査委員会は、このとき隔壁の上部を取り替えていないことが、今回の事故の原因と見て
いるようなのです。
 もうひとつの千歳空港の事故は、墜落事故の3年前に起きています。千歳空港に着陸
するさいに、右第4エンジンを滑走路に擦っているのです。それにしても、よく着陸ミ
スを起す飛行機であるとはいえると思います。しかし、この事故は墜落事故には直接関
係ないとされています。
 墜落事故の7年前の大阪空港のしりもち事故で後部圧力隔壁を修理したという事実は
、操縦不能になった原因をその圧力隔壁破損にあるとするのには格好の根拠として使え
ることは確かです。ボーイング社の修理ミスのせいにするためにも、その方がプラスと
判断したのでしょうか。
 ちなみに「隔壁」とは、強度の強いアルミ合金製であり、円錐構造の機体におわんの
ように嵌め込まれているのです。したがって、しりもち事故のさい、その衝撃は下方部
分だけでなく、上方部分にも及んでいるはずとする主張には一理あるのです。しかしだ
からといって、それが操縦不能の原因として断定することは、困難であるといえます。
状況的には、機内に急減圧は起きておらず、圧力隔壁は破損していないという証拠が、
大勢を占めているからです。
 このように、JAL123便が操縦不能になった原因については数多くの疑問がある
のです。そのため被害者の遺族たちは、1999年1月に事故原因再調査要求を提出し
たのですが、事故調査委員会はこれを完全に無視し、それどころか、JAL123便墜
落事故関係の全書類を1999年11月にすべて廃棄処分にしてしまっているのです。
 事故の真の原因を徹底的に究明することなく、大きな矛盾のある事故原因であくまで
押し通し、あまつさえその証拠となる書類をすべて廃棄処分にする――考えられないこ
とであり、許されないことであると思います。
 さて、圧力隔壁の破損がないとすると、JAL123便は何によって操縦不能となっ
たのでしょうか。明日からは、外部原因説について分析を進めていきたいと考えていま
す。
                        −−[御巣鷹山事故の謎/02]
posted by 管理者 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 御巣鷹山事故の謎 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
行ってきました。多少、収穫がありましたので報告させていただきます。
乗客が「こっちなんとか見てくれ」というので行ってみると
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6854.jpg
という、角田氏のミサイル破片
http://intec-j.seesaa.net/category/3705499-1.html
に酷似した残骸がありました。
(第3エンジン=警察官2人が「なにか突き刺さっているなあ」というような表情で見ている
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6405.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6406.jpg
が落ちていた側の近く)


また、飛行経路
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6817.jpg
で、かなり上野ダム(当時建設中)の方までループしておりますが、その経路上(ぶどう沢分岐付近)で乗客が「こっち見てくれ」ということで沢に降りてみたところ、
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6858.jpg
のような一部が焦げた(たき火敵にではなく焦げた)流木、
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6855.jpg
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6856.jpg
の破片がありました。(破片に関しては薄いのでB747ではない可能性が高いような気もしますが航空機の破片です。)これは、この辺でも123便や撃墜戦闘機(F-19=F-117の破片
http://search.yahoo.co.jp/search?p=F-117+%E5%A2%9C%E8%90%BD+%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%83%93%E3%82%A2&ei=UTF-8&fr=top_ga1&x=wrt
に似ているような気もします)もしくはミサイルからの破片が発生していたことを意味します。

また、第4支流側では
http://www.asyura2.com/bigdata/up1/source/6859.jpg
のような破片がありましたが、これは不可解な破片です。はんだが溶けるような溶け方で溶けて固まっていますが、通常の火炎等ではこういった、部分的な溶解というのは不可能であり電磁波的効果が発生していたことを示す(核兵器の2次的電磁磁気嵐波)破片です。
Posted by 123 at 2008年06月16日 11:27
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