2006年12月11日

●不幸なスタートをしたアポロ計画(EJ第1413号)

 1966年11月のジェミニ計画の終了地点では、人類の月着陸は目の先に迫ってい
ると考えられたのです。予定では、次の年の1月にアポロ宇宙船の船内システムの総点
検を行うことになっていたのです。具体的にいうと、無人の宇宙船に100%の酸素を
注入して加圧するテストです。なお、アポロ計画からは、3人の宇宙飛行士によるミッ
ションになります。
 当時、時の大統領であるリンドン・ジョンソンは、苦境に立っていたのです。米国全
土の都市で人種紛争が頻発し、ヴェトナム戦争についても事態は深刻の一途をたどって
いたのです。ジョンソンとしては次期大統領選に勝利するには、1967年中に何か手
を打つ必要がある――それには人類の月着陸を1967年中に実現させることが一番よ
いと考えたのです。
 そういうわけで、ジョンソン大統領はNASAに対し、予定よりも早く月着陸ミッシ
ョンを行うよう圧力をかけたのです。そこでNASAは、上記の無人の宇宙船に100
%の酸素を注入して加圧するテストを省略して、最初から有人のテストを実施すること
にしたのです。
 しかし、これが悲劇の原因となったのです。船長のガス・グリソム、エド・ホワイト
、ロジャー・チャフィーの3人の飛行士がカプセルに入り体をハーネスで固定します。
 宇宙船のハッチが閉められ、純粋な酸素が船内を満たしていきます。この状態で3人
の飛行士たちは5時間かけて、予定の作業をこなしていったのです。途中で通信回線が
混乱し、リハーサルのやり直しが提案されたのですが、ホワイトハウスからの圧力を考
えたのか、リハーサルはそのまま続行されたのです。
 その時点では、純粋酸素は船内のあらゆるものにしみこんでいたのです。そのとき、
ガス・グリソムのシートの下のどこかで剥き出しになったコードがこすられ、電流の流
れている電線が露出したとたんスパークが起こり、小さな火花は巨大な炎となって、船
室全体が炎につつまれたのです。グリソムの「火事だ!」という声がうまく司令室に届
かず、3人は焼死してしまったのです。
 この悲劇によって、NASAは計画中止の崖っぷちに立たされます。米国経済の厳し
いときに、人間を月に送り込むという夢のために、240億ドルもの資金を投入してい
いのかという批判が渦巻いたからです。その結果、アポロ計画は、1年半にわたって立
往生してしまうことになります。
 この悲惨な事故によって、NASAは非常に慎重になります。そして、アポロ計画は
1968年にアポロ5号として再開されるのですが、月着陸に成功する11号までのデ
ータをまとめておくことにします。
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      1967. 1.27/アポロ 1号
       ・訓練中発射台でコックピット内の火災事故で、3人死亡
      1968. 1.22/アポロ 5号
       ・サターンIBロケットに月着陸船を搭載、打ち上げ成功
      1968. 4. 4/アポロ 6号
       ・サターンVロケットで推進力・負荷・誘導制御諸テスト
      1968.10.11/アポロ 7号
       ・アポロ初の有人飛行。IBで260時間9分の有人飛行
      1968.12.21/アポロ 8号
       ・初の有人月周回飛行。月周回中に着陸地点を調査・測定
      1969. 3. 3/アポロ 9号
       ・飛行士移乗、切り離し、ランデヴー・ドッキングテスト
      1969. 5.18/アポロ10号
       ・月着陸船15キロメートル月面に接近。月着陸船テスト
      1969. 7.16/アポロ11号
       ・人類初月面着陸。活動。離陸後ドッキング、地球へ帰還
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 1968年1月22日、無人のアポロ5号が打ち上げられ、無人のモジュールを軌道
上に置くという実験を行われます。同じ月の4月、やはり無人のアポロ6号が打ち上げ
られたのですが、サターンロケットにいくつもの不具合が発見されます。この修復には
フォン・ブラウンを中心とする500人の専門家が1500人日かけて取り組み、何と
か克服しています。
 1968年10月11日に、アポロ計画になって初めての有人飛行がアポロ7号とし
て行われたのです。ウォルター・シラー、ドン・エイゼル、ウォルター・カニンガムの
3人は、計画されたミッションをほぼ完璧にこなし、地球を163周して、アポロ計画
最初の有人宇宙飛行は成功に終わったのです。
 コロリョフ亡きあとも、この頃まではソ連も遅れながらも米国を追随してきたのです
が、ソ連の夢を打ち砕いたのは、同じ年の12月21日に打ち上げられたアポロ8号な
のです。宇宙飛行士は、フランク・ボーマン、ジェームズ・ラヴェル、ウイリアム・ア
ンダーズの3人でした。
 アポロ8号は、有人飛行としてはじめて月周回軌道に達しています。そして、月軌道
を10周して、月の景色を撮影してきたのです。その写真の中には、月の地平線上に浮
かぶ地球を撮影したあの有名な写真も含まれていたのです。
 1969年3月3日に打ち上げられた第9号では、初めて月着陸船を積んでいます。
そして、軌道上での切り離しとドッキングそして飛行士の移乗をテストして成功してい
ます。いよいよ月への最終チェックです。飛行士はジェームズ・マクデビット、デイビ
ツト・スコット、ラッセル・シュワイガートの3人です。
 そして、1969年5月18日、トーマス・スタフォード、ジョン・ヤング、ユージ
ン・サーナンの3人の宇宙飛行士が乗ってアポロ10号が打ち上げられます。地球周回
軌道上での月着陸船のテストを行い、そのうえで月周回軌道上で月着陸船をテストし、
月面15キロメートルまで近づいています。これで、人類の月着陸の準備はすべて整っ
たことになります。このテーマはあと少し続きます。 ・・・ [アポロ計画/024]

月から見た地球/アポロ8号.jpg
posted by 管理者 at 04:51| Comment(0) | TrackBack(0) | アポロ計画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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