2006年06月20日

●『鴨がねぎを背負ってくる』の意味(EJ第894号)

 神社にて神を祀る――これが神道というものであり、日本固有
の宗教であると多くの人が信じています。その神社を渡来人であ
る秦氏が創建する――これは本来奇妙な話なのです。
専門の古代史研究家ですら「秦氏は帰化支族としては不可解な
ほど神祇信仰と密着している」と不思議がるほど、秦氏は神道儀
式に通じているのです。むしろ秦氏の宗教である原始キリスト教
がベースになって神道ができたのではないか――そういう考え方
が出てもおかしくないのです。
 それでは、秦氏は、いったいどのような神社を創建しているの
でしょうか。
 ところで、全国で一番多い神社は何という神社かご存知でしょ
うか。それは、稲荷神社です。これには、仏教系と神道系の2つ
があるのですが、古いのは神道系です。そして、全国の稲荷神社
発祥の神社は京都の伏見稲荷大社なのです。
 伏見稲荷大社の由来書を見ると、この神社を創建したのは、秦
伊呂具なる人物です。次に数が多いのは八幡神社です。武術の神
として、源氏の守護神としても有名なのが八幡神であり、それを
祀っている神社が八幡神社です。
 八幡神社の総本山は、九州大分にある宇佐八幡宮です。ここで
原始八幡信仰を担っていたのは、地元の豪族の辛嶋氏なのですが
辛嶋氏は秦氏の支族なのです。それから松尾神社というのがあり
ます。松尾神社の総本山は京都の松尾大社ですが、その創建者は
秦都理という人で、やはり秦氏です。
 それに四国には「金力比羅宮」がありますが、ここは「旗宮」
もしくは「秦宮」と呼ばれており、やはり秦氏の神社なのです。
それだけではないのです。宗像神社、諏訪大社、大避神社、白鬚
神社、鹿島神宮、白木神社、兵主神社、出石神社などなど――こ
れらは、すべて秦氏の神社なのです。・
 それでは賀茂氏というのは何者でしょうか。「古事記」によれ
ば、「賀茂」の名を持つ神としては「迦毛大御神」があります。
この迦毛大御神は「大国主命」の子であり、現在、奈良県御所市
の高鴨神社に主祭神として祀られています。大国主命の子といえ
ば、もう一人「事代主命」がいます。
 賀茂氏は主としてこの事代主命を祀っているのです。これと関
連のあるのは三島神社です。「三島」という名前が付く神社は全
国に1万社以上あるといわれますが、その総本山は、静岡にある
「三島大社」なのです。『延喜式』によると、三島大社はもとも
とは、伊豆国賀茂郡にあったというのです。
 伊豆は、かなり早い時期から賀茂氏が支配していた場所であり
伊豆諸島の神社はことごとく事代主命を祀っているのです。しか
し、よく調べてみると、三島大社は「大山祇命」(おおやまずみ
のみこと)を主祭神として祀っていたとあるのです。
 そして、『伊予風土記』によると、大山祇命は百済からやって
きた神であるとしています。神様だけがひとりでにくるはずがな
いから、三島明神を祀る一族である賀茂氏が、大山祇命を運んで
きたのではないかという推理が成り立つのです。つまり、賀茂氏
はどうやら渡来人であったということです。
 旧暦の5月5日に、大山祇神社で行われる「御田植祭」という
祭りがあります。このとき、「一人角力(ひとりすもう)」とい
う奇妙な儀式が行われます。二人で相撲をとるのではなく、ひと
りで行うのです。実は、相手は神様であり、目に見えない相手に
相撲をとるので、ひとり相撲と呼ばれるのです。
 この神様と人間との相撲は『旧約聖書』に載っているのです。
イスラエル人の祖といわれるヤコブはあるとき神と格闘し、最後
に勝って「イスラエル」という名前をもらったというのです。
 「一人角力」のルーツが、もし、『旧約聖書』にあるとすると
ユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏が浮かび上がってくるので
す。このあたりから、賀茂氏と秦氏の関係を探っていくと、細か
な経緯は省きますが、両者は完全に同じであるという結論に達す
るのです。賀茂氏イコール秦氏なのです。
 そうであるとすると、なぜ、賀茂氏といわずに秦氏としないの
でしょうか。同じ一族なら秦氏でよいのではないでしょうか。
 それは、賀茂氏がイスラエル12支族の「レビ族」と同じ位置
づけだからです。イスラエル12支族が北朝イスラエル国と南朝
ユダ国に分かれたとき、レビ族だけはどちらにも属さなかったの
を覚えておられますか。レビ族は祭祀を担当するので、両国の共
用とされたのです。
 既にお話ししているように、賀茂氏は裏神道の儀式の一切を取
り仕切る祭祀人の役割をしています。したがって、あえて秦氏と
は名乗らず、賀茂氏、または鴨氏の名称を使ったのです。
 賀茂氏が裏神道の祭祀人の役割を果たしていたとすると、賀茂
氏は全国の神社に絶大な権力で支配していたことになります。こ
の間の事情を物語るあることばがあります。それは、『鴨ねぎ』
ということばです。
 鴨鍋をしようと思ったら、鴨がねぎを背負ってやってきたとい
うことをいうことばですが、意味が違うのです。「鴨」は鴨氏の
ことであり、「ねぎ」は禰宜――神社の宮司や神官の下で働く神
職を意味するのです。
 鴨氏が禰宜を背負ってくる――これは鴨氏が全国の神社に鴨氏
の息のかかった禰宜を送り込むという意味なのです。いくら賀茂
氏といえども、最初から全国の神社を仕切っていたのではなく、
神職の人間を強制的に送り込んで、もともとあった神社を次々と
乗っ取っていったのです。
 これに従わない場合は、おそらく武力をもって神官を追い出し
追放するということもやったと思われます。藤原不比等が古代に
あった唯一神道を封じたウラには、賀茂氏と組んだ大規模な神道
再編計画があったと考えられるのです。
 お話ししたいことはまだまだたくさんあります。しかし、この
話だけを続けるわけにはいきません。明日からは新しいテーマを
取り上げます。             −−−[八咫烏12]

神と相撲を取るヤコブ.JPG
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