2006年06月19日

●秦氏のルーツはイスラエルの10支族なり(EJ第893号)

 EJ892号で「秦氏はユダヤ人原始キリスト教徒である」と
いう指摘をしましたが、今回はこれのルーツを明らかにしてみる
ことにします。JPAの八咫烏のマークからはじまった古代史の
シリーズは、今回を含めてあと2回でひとまず終ります。
 「イスラエル12支族」というのは、一般的には次の12の支
族のことをいいます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.ルペン族        7.ガド族
  2.シメオン族       8.アシェル族
 祭3.レビ族         9.イッサカル族
 南4.ユダ族        10.ゼルブン族
  5.ダン族        11.ヨセフ族
  6.ナフタリ族     南12.ベニヤミン族
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 イスラエル王国は、かつて北朝イスラエル王国と南朝ユダ王国
に分かれていたのですが、現在ユダヤ人といわれている人は南朝
ユダ王国の人たちの末裔と考えてよいと思います。南朝ユダ王国
は、エルサレムを聖地としていたのです。
 南朝ユダ王国は、ユダ族とベニヤミン族の2支族で構成されて
おり、北朝イスラエル王国は、残りの10支族から構成されるの
です。これら12支族のうちレビ族は祭祀を担当しており、北朝
と南朝の両方に属するという考え方があります。
 それに加えて、ヨセフの息子のマナセとエフライムをそれぞれ
独立させることによって、レビ族を外しても北朝は10支族にな
るのです。
 北朝イスラエル王国は、紀元前722年にその首都サマリアが
アッシリアによって陥落し、北朝イスラエルの人たちはメソポタ
ミア地方に捕囚されてしまいます。そして、他の民族を北朝イス
ラエル王国のあった土地に入植させたのです。
 その後、南朝ユダも滅ぼされ、やはり捕囚にされるのですが、
その後バビロニア王国を滅ぼしたペルシャの大王キロス2世の配
慮によって、捕囚となっていた北朝イスラエルと南朝ユダの人た
ちは開放されるのです。南朝ユダの人たちは、喜び勇んで国に帰
り、ソロモンの神殿を再建しますが、北朝イスラエルの人々は戻
らず、忽然と姿を消してしまうのです。これを「失われたイスラ
エルの10支族」といっているのです。
 南朝ユダはその後、古代ローマ帝国に滅ぼされ、1948年に
パレスチナの地にイスラエル国が建設されるまで、ユダヤ人は流
民となって世界各地をさまようことになるのです。したがって、
現在、イスラエル人といわれる人たちは、南朝ユダの末裔という
ことになります。
 問題は、歴史の舞台から忽然と消えてしまった「失われたイス
ラエルの10支族」です。彼らはいったいどこへ行ったのでしょ
うか。
 中世以降になって、これらのイスラエル10支族の情報が入り
始めます。失われたイスラエルの10支族は、中国、日本、イン
ド、エチオピア、スーダン、アフガニスタン、パキスタン、シベ
リアなど・・・世界中にその足跡が発見されています。
 これらの失われたイスラエルの10支族の一部が、シルクロー
ドを通って、中国、朝鮮半島を経由して日本に入ってきていると
いう説を唱えるのが、ユダヤ教ラビ、マーヴィン・トケイヤー氏
が著した次の本です。前にも何度かご紹介した本です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  『日本・ユダヤ封印の古代史/失われた10部族の謎』
   マーヴィン・トケイヤー著/久保有政訳 徳間書店刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 シルクロードをそのまま東に進むとやがて中国にいたります。
事実中国にはユダヤ人が多く住んでおり、その数はかなりの数に
達していたといわれます。秦の始皇帝自身がユダヤ人であったと
いう説もあるくらいです。
 ところで、当時ユダヤを支配していたのは、古代ローマ帝国で
すが、ローマ帝国のことを中国では「大秦」と呼んでいたという
のです。したがって、彼らが朝鮮半島経由で日本に渡来したとき
「大秦」から一字をとって「秦氏」と名乗っても不思議はないと
いえます。中国人から「秦人」と呼ばれていた支族が朝鮮半島に
渡って、「秦韓」を建国し、それが「新羅」に代わったという話
も実際にあるのです。
 そうなると、日本で秦氏と呼ばれている一族は、失われたイス
ラエルの10支族の一部であったという説は、あながち荒唐無稽
な説とはいい切れないと思うのです。
 注目すべきは、秦氏が日本において多くの神社を創建している
ことです。日本における神社は神道と深い関わりがあります。こ
の説が正しいとすると、神道と原始キリスト教の間には共通する
点が多くあることになります。
 神道の奥義は唯一絶対神への信仰であり、さらに造化三神(天
之御中主神、高御産巣日神、神 産巣日神)を中心に据えていま
す。これに対すて原始キリスト教が崇拝するのも唯一絶対神であ
り、それは絶対三神(御父、御子、聖霊)によって形成されてい
るのです。 これを整理すると次のようになります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.天之御中主神 = 御父
   2.高御産巣日神 = 御子イエス・キリスト
   3.神 産巣日神 = 聖霊ルーハ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 表の神道は八百万の神々を崇拝する多神教ですが、裏神道は唯
一神信仰であり、絶対三神を崇拝するのです。
 神道と原始キリスト教の関係の分析は興味あるテーマであり、
いずれEJで取り上げてみたいと考えています。それでは、秦氏
と賀茂氏はどのような関係にあるのでしょうか。これについては
明日のEJで述べます。         −−−[八咫烏11]



この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。