2010年11月05日

●なぜ、事業費倍増になったのか(EJ第2319号)

 プーチン大統領は考えたのです。サハリン・エナジー社による
「サハリン2」は、自分のエネルギー戦略の基本原理をやがて侵
犯する――と。しかし、そうかといって、サハリン・エナジー社
を構成する外資系3社のロイヤル・ダッチシェル、三井物産、三
菱商事を直ちに締め出すのは得策ではないと考えたのです。
 なぜなら、当時のロシアには、サハリン2のプロジェクトを単
独で継続運営していくのは困難だったからです。世界一流の技術
に経営ノウハウ、販売ルートの開拓など、ロシアのガス独占企業
体ガスプロムが単独でやっていくのは容易ではなく、そんな力は
なかったのです。とくに液化天然ガス――LNGについてはガス
プロムは知識とノウハウを完全に欠いていたのです。
 ここは時間を稼ぐ必要がある――その間にガスプロムが力をつ
けることが得策であるとプーチン大統領は考えたのです。最終目
的はサハリン2の株主としてガスプロムが入ることであり、しか
も英蘭日3社の株式の合計を1株でもいいからガスプロムが上回
ることである――これがプーチン大統領の狙いだったのです。問
題はどのタイミングでそれをやるかです。
 クレムリンにとってその絶好の機会が訪れたのです。それは、
サハリン・エナジー社が計画の変更を理由として事業費倍増をロ
シア側に申し入れしてきたことです。実はサハリン・エナジー社
がそうせざるを得ないように仕向けたのは、プーチンサイドの仕
掛けだったのです。
 なぜサハリン・エナジー社が、計画の変更をしなければならな
かったかというと、ロシア環境保護団体が「サハリン2プロジェ
クトは環境破壊を冒している」として抗議の申し入れをしてきた
からです。
 具体的には、次の2つの環境破壊が深刻であるというのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.沖合い油田・天然ガス田からサハリン陸上に輸送する海底
   パイプラインがコクジラの餌場を通過していること
 2.河川にも影響がある。サケが産卵期に遡上してくるため、
   パイプラインの建設はサケの遡上通行の妨げになる
―――――――――――――――――――――――――――――
 最大の問題は、こうした環境保護団体の抗議に対してロシア政
府が後押ししたことです。ロシア政府のその措置がいかに突然の
変身であったかについて、既出の木村汎氏は自著において次のよ
うに述べています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 「モスクワ・ニューズ」(2006年11月3日)紙上のナタリ
 ア・アリヤクリンスカヤ女史の記事は、まさにロシアにおける
 環境保護団体たちのこのような反応を伝えている。環境問題に
 対するロシア政府の関心の増大それ自体は結構で大歓迎する。
 だがその一方、その背後事由にかんして何か胡散臭いものを感
 じる。(中略)というのも、ロシア政府は、次のような実績の持
 ち主だからである。「長年のあいだ環境論者たちの助けを求め
 る叫びを無視して、サハリンの環境に対して致命的な損害を与
 えるパイプライン建設者にフリーハンドをあたえてきた」。と
 ころが今や、ロシア政府は「突如として」「コクジラについて
 語り」、サハリンの「環境保護が第一」と声高に主張しはじめ
 た、と。 ――木村汎著、『プーチンのエネルギー戦略』より
                         北星堂刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 結局のところサハリン・エナジー社としては、コクジラの餌場
を避けてパイプラインのルートを変更したり、サケの産卵期には
工事を中止することなどのコスト上昇に加えて、中国などの急激
な経済成長に伴い、原油や鋼材をはじめ世界的に資源や資材の価
格が高騰したことによって、事業費の倍増をロシア側に伝えざる
を得なかったのです。
 サハリン・エナジー社がロシア側に対して事業費倍増の申し入
れを行ったのは2005年9月のことですが、そのときシェルと
ガスプロムの間ではある取引の話が進行しており、その話がほと
んどまとまりかけていたのです。シェルとしてはガスプロムをサ
ハリン・エナジー社に何らかのかたちで参加させざるを得ないと
感じていたものと思われます。
 その取引の話とは、ガスプロムに対してサハリン・エナジー社
の一部株式を交換するスワッピング取引のことです。シェルはサ
ハリン・エナジー社の株式を25プラス1%提供する代わりに、
ガスプロムが西シベリアのガス田「ザポリアルノエ・ネオコム」
プロジェクトの権益の半分を取得するというものです。この交換
契約は、2005年7月にその覚え書きの調印まで行われている
のです。
 ところが、2005年9月にサハリン・エナジー社が事業費倍
増を申し入れると、ガスプロムはまるでトリックにかけられ、騙
されたように激怒し、交換取引のキャンセルを表明したのです。
今後の交渉においてロシア側を有利にするための一連の陰謀とも
とれる行為であったといえます。
 ところで、これに関して、サハリン・エナジー社における日本
側の立場はどうなっていたのでしょうか。既に述べたように、日
本側としては、三井物産と三菱商事で45%の株式を握っている
のに常日頃から世界第2位のメジャーとしてのロイヤル・ダッチ
シェルの発言権に振り回され、何ら主導的立場が取れているとは
いえなかったのです。
 2006年9月に入ると、突如クレムリンによるサハリン・エ
ナジー社への攻撃は一段と激しさを増してきます。サハリン・エ
ナジー社が事業費倍増をロシア側に提案してからちょうど一年後
です。なぜ、あのしぶといロシアが一年待ったかですが、それは
2006年7月にロシアがはじめて主宰した主要国――G8――
首脳会議があったからではないかと思われます。
 それまでは、サハリン2はほとんど機能停止状態に陥っていた
のです。           ―― [石油危機を読む/30]


≪画像および関連情報≫
 ●佐藤優氏によるロシア事情
  ―――――――――――――――――――――――――――
  プーチン政権が立て続けに日本に対してシグナルを送ってい
  るが、アンテナが鈍くなった外務官僚にはそれがきちんと読
  み取れていないようである。情報収集を強化し、日本政府か
  らきちんとシグナルを打ち返さないと、近未来に政治、経済
  の両面で日本の国益を毀損する事態が生じると筆者は危惧す
  る。           http://web.chokugen.jp/sato/
  ―――――――――――――――――――――――――――

佐藤優氏.jpg
佐藤 優氏
posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石油危機を読む | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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