2010年05月18日

●テレサ・テンと関鍵記者の関係(EJ第1619号)

 関鍵記者――『北京青年報』に所属――によるテレサ・テンと
のインタビュー記事(『中国青年報』に掲載)は、大変な騒ぎに
発展したのです。
 これに台湾政府や台湾メディアが否定的報道をしたことにより
テレサ・テンの口は重くなったのです。台湾に住む家族のことを
心配したからです。台湾の『中国時報』は、次のように報じてい
るのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
     テレサ・テン北京と通話?あまりに違う!
     誤報であり、中京の統一戦略である
――『中国時報』
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 台湾のメディアからテレサ・テンに問い合わせが殺到したので
すが、テレサ・テンはほとんど答えていないのです。東京で大陸
の記者と接触したことがあるが、その会談をもとに書いた「創作
記事」である――テレサ・テンはこう言明したのです。
 関鍵記者が北京からシンガポールのテレサ・テンの自宅に電話
を入れてインタビューをしたのは事実ですが、それを認めてしま
うと、テレサ・テンが大陸とつながっていると疑われる恐れがあ
ったのです。このため、関鍵記者に関しては憶測でさまざまな間
違った情報が飛びかってしまうことになります。
 テレサ・テンの死後、「テレサ・テンは諜報員だった」ことを
主張する次の本は、関鍵記者について次のように記述しているの
です。テレサ・テンが本当に諜報員だったかどうかに影響する重
要な記事であるので引用します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 その年(85年)のうちに関鍵記者は日本に渡ることになる。
 留学が目的だった。東京の拓殖大学に在学しながら、中国大使
 館の財政的バックアップを受けた新聞「新大陸」の編集に参加
 する。関鍵記者の日本での身元引受人はある日本人がなった。
 ところがこの日本人というのは元台湾出身。日本に帰化した人
 物で、実は台湾の諜報部員だった。(一部略)この台湾出身の
 諜報部員を関鍵記者に紹介して引き合わせたのがテレサ・テン
 だったのである。(一部略)
 ―――宇崎 真/渡辺也寸志著、『テレサ・テンの真実』より
    徳間書店刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 さらにこの本の著者は、関鍵記者が1989年に中国の公安警
察に逮捕されていることを伝えています。
 有田芳生氏によると、同書による関鍵記者の話はほとんどが虚
偽であるとして次のように述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「スパイ説」を広めた『テレサ・テンの真実』は関鍵記者にも
 触れ、いくつもの虚偽を記述している。たとえば、この身元引
 受人が「日本に帰化した人物で実は台湾の情報部員で」「この
 台湾出身の情報部員を関鍵記者に紹介して引き合わせたのがテ
 レサ・テンだった」と断定している。これまた、まったくのデ
 マである。
  ――有田芳生著、『私の家は山の向こう』より 文藝春秋刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 しかし、関鍵記者はテレサ・テンが台湾と大陸のかけ橋になる
と考えてテレサ・テンの大陸でのコンサートの実現に向けて、精
力的に動き出すのです。
 そのひとつのキッカケは、1985年1月20日に『北京青年
報』に掲載された「故郷は黄河古道のほとり――テレサ・テン故
郷訪問記」(既出)からはじまったのです。
 このとき『北京青年報』の記者は、テレサ・テンの2人の叔母
に会っているのですが、そのとき叔母の一人からテレサ・テンに
喘息を患っているので、喘息の治療薬を送ってくれるよう伝えて
欲しいと頼まれているのです。
 テレサ・テンはその記事を読んで、1985年2月中旬に4本
の喘息治療薬を香港に住む知人を通して関鍵記者に宛てて送って
います。その香港に住む知人とは、陸文藻(ルーウエンツァオ)
といって、もともとテレサ・テンのファンの一人です。
 陸文藻から手紙と喘息の治療薬を受け取った関鍵記者は、指導
部の許可を受けて、それを叔母に届けています。それが縁になっ
て、関鍵記者は陸文藻を通じて、テレサ・テンの大陸コンサート
の実現の交渉を進めるのです。
 テレサ・テンが大陸でのコンサートを強く望んでいたことは事
実であり、テレサ・テンはコンサート実現のさいの条件を次のよ
うに示したといわれます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 チケット収入と外国テレビ局からの放送収入を次の割合で全額
 寄付する

 大陸の文化芸術基金会/身体障害者支援福祉基金  50%
 台湾の文化芸術基金会 ・・・・・・・・・・・  30%
 香港の文化芸術基金会 ・・・・・・・・・・・  20%
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 関鍵記者は、テレサ・テンを大陸に招聘してコンサートを開く
ことによって、台湾統一政策のシンボルとして位置づけるよう上
層部に提案して許可をとったといわれているのです。関鍵記者は
次のように書いています。完全にテレサ・テンを政治利用しよう
としているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 わたしは、テレサ・テンは祖国を熱烈に愛し、統一を渇望し、
 また長期的視野を持った大胆かつ思慮に富んだ、理想を抱く傑
 出した若者だと深く感じました。
  ――有田芳生著、『私の家は山の向こう』より 文藝春秋刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
               ・・・[テレサ・テン/14]


≪画像および関連情報≫
 ・『中国青年報』に掲載された関鍵記者の記事
  ――宇崎 真/渡辺也寸志著、『テレサ・テンの真実』より
    徳間書店刊

関鍵記者の記事.jpg
関鍵記者の記事


posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレサ・テン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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