2010年01月13日

●今なぜエルヴィス・プレスリーなのか(EJ第2189号)

 「コンピュータの歴史Part2」は諸事情により掲載を中止し、
 今日から、テーマとしてロックの歴史に大きな影響を与えた歌
手であるエルヴィス・プレスリ−を取り上げます。今日はその予
告編のような話からはじめたいと思います。
 なお、この記事は2007年10月22日から2007年12
月07日までの34回にわたって連載したものであることをお断
りしておきます。
 どうしていま、エルヴィス・プレスリーなのかというと、今年
(2007年)が彼の没後30年に当るからです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     Elvis Aron Presley 
     1935.1.8〜1977.8.16
―――――――――――――――――――――――――――――
 エルヴィスは、単なる歌手ではなく、ロックという新しい音楽
の歴史を切り拓くとともに、当時の米国の文化を根本から変える
重要な役割を果たしています。ですから、没後30年にもなるの
に、米国の文化の象徴としていまだに語り継がれているのです。
 ところで、エルヴィスのセカンドネームの「アーロン」の綴り
には次の2説があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
       Aron  Aaron/Evis Aaron
―――――――――――――――――――――――――――――
 現在では「A」を1つ書くようになっており、登録上も1つな
のですが、エルヴィスの墓標には「A」が2つの「Aaron」 と書
いてあるのです。このことからエルヴィスは実は死んでおらず、
生きているという説が出ているのです。
 エルヴィスの父親のヴァーノン・プレスリーという人は、どう
やら発音が正確ではなかったようで、エルヴィスをと取り上げた
医師のハントはヴァーノンの発音を聞き間違えて、エルヴィスの
「I/エル」を抜かして「エヴィス・アーロン」とカルテに書き
込んでいたことがわかっています。
 しかし、エルヴィス自身は意識して「Aaron」 を使っていたと
いわれます。もともと父親のヴァーノンは、自分の友人のアーロ
ン・ケネディにちなんで「アーロン」と名付けたのですが、エル
ヴィス自身は聖書のモーゼの兄のアーロンを意識していたようで
す。それほどエルヴィスは宗教には強い関心があり、友人とよく
宗教論をしていたようです。
 エルヴィスの生まれたのは、ミシシッピ州のテネシー寄りの農
村イースト・テュペロというところです。テュペロは綿花畑のつ
らなるコットン・ベルトの中心部に位置しています。
 エルヴィスは、双子の兄弟の弟として生まれていますが、兄の
ジェシー・ガーロン・プレスリーは、誕生時に死亡しているので
す。1935年1月8日のことです。
 エルヴィスは幼年期はこのテュペロで過ごし、13歳のときに
一家はテネシー州メンフィスに転居したのです。1948のこと
であり、太平洋戦争は3年前に終わっており、メンフィスは戦後
戦勝景気に沸き立っていたのです。
 米国の中南部の農村に住む者からみるとメンフィスは大都会で
あり、当時仕事はたくさんあったのです。そのため、南部の農民
たちは次々と農業をやめ、メンフィスに集まってきたのです。戦
後の20年で離農した人口は約1100万人――プレスリー一家
もそのうちのひとつであったのです。
 さてこのメンフィスは、テネシー州の西境にあり、ミシシッピ
川のデルタの頂点に位置しています。そして、この都市は米国の
2つの根本的に異なる領域にはさまれているという位置関係にあ
るです。
 つまり、メンフィスは、南に貧困なデルタの農場とルイジアナ
の湿地帯、それから、あのハリケーンで大きな被害を受けたヨー
ロッパ風のニューオリンズの港湾都市と、北と西には豊かな平野
部の農場、それにシカゴとデトロイトという工業都市にはさまれ
ているのです。メンフィスのこの位置関係がエルヴィスの音楽に
大きく影響したのです。
 つまり、メンフィスは、南部貴族の上品な雰囲気とアフリカ系
アメリカ人社会のソウル精神が混じっているのです。これがブル
ースとロックンロールという新しい音楽を生んだのです。
 ミシシッピ川河口のデルタ地帯で始まったディキシーランド・
ジャズの音楽が、外輪船に乗って次第に北の方へのぼってきて、
たどりついたのがメンフィスであり、黒人たちによって、より哀
愁のある音楽へと変わっていったのです。これがブルースです。
 1903年にミシシッピ州デルタ地帯を旅行中であったW.C
.ハンディーは、たまたまブルースの生演奏を聴き、それまで楽
譜に残されることのなかったその音楽を始めて楽譜に仕上げるこ
とによって、「ブルース音楽」の文化を確立したのです。
 そこでこの年を「ブルースの生誕の年」として、2003年は
ブルース生誕100年を記念して、アメリカ合衆国議会によって
「ブルースの年」と宣言されています。
 日本の場合「ブルース」というと、淡谷のり子、青江美奈らに
代表される「哀しい雰囲気でムードのある歌謡曲」を指すことが
多いのです。しかし、「別れのブルース」や「伊勢佐木町ブルー
ス」のように、歌謡曲や演歌などでタイトルに「ブルース」がつ
く曲は、音楽的にはブルースとは別物と考えるべきです。
 エルヴィスは幼い頃から、ゴスペル・シンガーを夢見ていたの
です。ゴスペルは、米国発祥の音楽のジャンルであり、もともと
はキリスト教プロテスタント系の宗教音楽で、ゴスペルとは英語
で「福音」や「福音書」を意味しています。
 米国南部の音楽のルーツは、ほとんど農村部にあったのです。
ブルース、カントリーソング、ゴスペル、ワーク・ソング――こ
れらはすべて南部の日常生活の中から生まれたのです。
 そういう農村部の南部人が、それぞれの音楽とともにこのメン
フィスにこぞって集まってきたのです。これらの音楽が都会の音
楽と融合して新しいサウンドを生み出しつつあったのです。そう
いう新旧のサウンドが渦巻く都市メンフィスでエルヴィスは育っ
たのです。            ――[エルヴィス/01]


≪画像および関連情報≫
 ・ロックとは何か
  ―――――――――――――――――――――――――――
  ロックは、米国で1950年代に生まれたポピュラー音楽の
  ジャンルである。ボーカル、ギター、ベース、ドラムの基本
  構成をとるバンドスタイルで演奏される、激しいビートサウ
  ンドが特徴――ただし、音楽性の多様化によりこの範疇に入
  らないロックも多い。ジャズ、R&Bと共に世界中に広まっ
  たアメリカ発の音楽であり、世界中の音楽シーンに衝撃を与
  えただけでなく、その影響は思想、ファッション、アートな
  どポップスカルチャー全体に及び、その社会的インパクトは
  極めて強かったのである。
  ―――――――――――――――――――――――――――

テネシー州メンフィス.jpg
テネシー州メンフィス



posted by 管理者 at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | エルヴィス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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