2008年12月11日

●大ピラミッドの内部はどうなっているか(EJ第1853号)

 加冶将一氏の主張する「ピラミッド=フリーメーソン儀式の館
論」をご紹介する前に、クフ王のピラミッドの内部がどうなって
いるのかについて少し詳しく説明しましょう。
 添付ファイルの図でわかるように、現在の入口と本来の入口は
違うのです。本来の入口は斜面から斜めに下降する通路が「地下
の間」につながっているのですが、この地下の間は未完成のまま
になっています。
 この地下の間は何のためにあるのでしょうか。なぜ、未完成の
ままなのでしょうか。面倒だから途中でやめたのでしょうか。そ
れとも予算が足りなくなったのでしょうか。そこは闇に閉ざされ
ている文字通り漆黒の空間です。
 しかし、この地下の間から上方に細い通路があって、大回廊に
つながっているのです。そこは非常に狭いため這ってよじ登るし
かないのです。これは何のための通路でしょうか。
 さて、現在の入口から内部に入ってみましょう。幅、高さとも
に1メートルほどの通路で、登り勾配は26度です。大人であれ
ば屈まないと通れないほどの狭さです。なぜ、このような狭い通
路にしたのでしょうか。ピラミッド建築の設計者は高度な技術を
持っており、広い通路を作れたはずなのです。
 その狭い上昇通路を39メートル進むと、南に向かって水平な
通路に出ます。この通路も高さが1メートルほどであり、屈まな
いと前進できないのです。そして、その水平通路を49メートル
進むと、「女王の間」と呼ばれる部屋に達するのです。
 この女王の間――広さは南北5.68メートル、東西6.22
メートルで、ほぼ正方形の部屋になっています。天井は切り妻造
りで三角天井になっており、高さ6.22メートルとかなり高い
のです。この切り妻造りが女王の間といわれるゆえんです。
 アラブでは、女性を埋葬する場合、三角天井の墓に埋葬する習
慣があったのです。これに対して男性の墓の屋根は、平らな石で
あるといいます。したがって、三角天井になっているので、女王
の間と名づけたものと思われます。
 女王の間には通気孔とみられる孔が2本あります。縦横20セ
ンチぐらいの孔です。しかし、不思議なことにこの孔は何者かに
よって巧妙に隠されており、1872年にウェインマン・ディク
ソンによって発見されるまで、その存在を誰も知らなかったので
す。しかも、そのうちの南側の1本は、ピラミッド外部とはつな
がっていなかったのです。何のための通気孔なのでしょうか。
 この通気孔にはさらに謎があるのです。1993年にドイツ人
の技術者のルドルフ・ガンテンブリンクが最新鋭のリモコン・ロ
ボットを使って、南側のふさがった通気孔の1本を調べたところ
外壁までの途中に金属が取り付けられた石灰岩のドアで閉ざされ
た空間があることがわかったのです。これについては、エジプト
考古庁が現在調査中です。
 女王の間から水平通路を元に戻ると、上昇通路のところに出て
きます。この上昇通路は高さ46メートル、横幅は2メートル強
になって一挙に広くなり、視界が開けます。ここではじめて大人
も立って歩けるようになります。これを大回廊といいます。
 上昇勾配26度の大回廊を46メートル登り終わると、また水
平通路が南に延びています。そこを歩くと、「王の間」と呼ばれ
る部屋に達します。
 王の間――広さは幅5.25メートル、奥行き10.5メート
ル、高さ5.8メートルで、女王の間の2倍ほどの広さの長方形
の部屋なのです。石灰岩で仕上げられた女王の間と違って、この
部屋は花崗岩を積み上げて内壁が作られています。各石と石の間
はカミソりの刃はおろか空気まで通さないほどに完璧に接合され
ているのです。
 王の間の通気孔は2本――南側の通気孔は傾斜角45度で、オ
リオン座のベルトの3つの星を指しており、北側の孔は、32度
28分の角度で北極星を指しているのです。
 王の間については、添付ファイルを見ていただきたいのですが
こちらも三角屋根になっていますが、女王の間と違うのは切り妻
造りにはなっておらず、平らな岩が何枚も天井として層をなして
いる点に注目していただきたいと思います。
 とにかく地上45メートルの高さの王の間に、これだけの巨岩
を持ち上げて精緻に結合させ、4500年経過した現在でもその
構造に歪みひとつ生じさせないのは驚くべきことといえます。
 もうひとつ、ピラミッド内部は「ウォーン」という音響が響い
ており、とくに王の間ではそれが大きな唸り声のように聞こえる
というのです。一種のピラミッド・パワーでそのような音響が聞
こえるのでしょうか。
 この不思議な音響のせいでしょうか、この王の間には多くの逸
話があるのです。
 18世紀にナポレオンがエジプトに遠征したさい、ひとりで王
の間で一夜を明かしたといわれているのです。翌朝になって、ピ
ラミッドの外に出てきたナポレオンの顔は真っ青で、身体はぶる
ぶる震えていたというのです。どうやら、彼が困惑するような何
かがあったと考えられます。
 第2次世界大戦中の1943年、米国のルーズベルト大統領は
エジプトに滞在中、予定されていた王の間見学を自ら辞退してい
ますし、1964年にエジプト国内を旅行中だったソ連のフルシ
チョフ首相は、大ピラミツドの内部に入るのをKGBに制止され
取りやめているのです。
 はっきりしていることは、大ピラミッドは王の墓ではないので
すが、それなら何のための建物なのでしょうか。少なくとも実用
的なものとはとても考えられないのです。
 そこで出てきたのが、何らかの秘密の儀礼を行う場所ではない
かという説です。そのような儀式のためにかくも巨大な建造物を
造るなど考えられないというなかれ、古代では宗教と巨大建造物
は一体のものなのです。そういう意味で、ピラミッドが儀礼の館
という説は説得力を帯びるのです。  
            ・・・[秘密結社の謎を探る/27]


≪画像および関連情報≫
 ・クフ王
  ―――――――――――――――――――――――――――
  紀元前2500年ごろ、ギリシア名クオプス。エジプト古代
  国第4王朝(前2613〜前2494)ごろ,クフ王に関し
  て残る同時代の史料はきわめて少ない。クフ王の治世につい
  て語る最古の史料はヘロドトスの『歴史』である。これによ
  りこの王はエジプト最大のピラミッド(ギゼーの第1ピラミ
  ッド)を建てた王として,また奴隷を酷使した暴君として知
  られている。
    http://www.tabiken.com/history/doc/F/F145L200.HTM
  ―――――――――――――――――――――――――――

大ピラミッドの内部構造.jpg


posted by 管理者 at 03:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密結社の謎を探る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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