ーのスタジオで、「スウィング・ダウン・スィート・チャリオッ
ト」をレコーディングした話をしました。実はその同じセッショ
ンでもう一曲レコーディングしているのです。それは、「ジェリ
コの戦い」という曲です。この歌もニグロ・スピリチュアル(黒
人霊歌)ですが、歌は次のようにはじまります。
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ヨシュアは エリコ(ジェリコ)の戦いで 大奮闘したとさ
エリコ エリコ エリコ
ヨシュアは エリコの戦いで 大奮闘したとさ
すると エリコの要塞が がらがら崩れ落ちたとさ
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このニグロ・スピリチュアルは、聖書の歴史物語に沿っている
のです。「エリコの戦い」というのは、紀元前13世紀――エジ
プトで捕囚の身となり、奴隷状態にあった古代イスラエル人がエ
ジプトを脱出し、自由の地カノンに逃れるさい、最後に戦った戦
いなのです。
イスラエル人をエジプトから連れ出したリーダーはモーセ――
彼はエジプトで過酷な生活にあえいでいたイスラエル人をエジプ
トから脱出させ、神の示した「約束の地――カナン」――ヨルダ
ン川の西の地域で、現在のレバノン南一帯を含む地方――を目指
したのです。
しかし、モーセは旅の途中で死亡し、その後を継いで指導者に
なったのが歌に出てくるヨシュアです。ヨシュアはイスラエル人
を率いてカナンの地に入ったのですが、その前に立ちはだかった
のが堅固な城壁で固められた小国エリコだったのです。
ヨシュアは強い統率力と的確な判断力を持つリーダーで、彼は
神の命を受けてエリコを攻撃し勝利を収めたのです。その結果、
イスラエル人はカナンの地にやっと定着できたのです。
奴隷の黒人たちが「ジェリコの戦い」を歌うのは、やがて自分
たちにもエリコのような奇跡が起こり、自由になれることを願っ
てのことなのです。
この「ジェリコの戦い」は、弾むような軽やかなリズムが特徴
です。私はこの歌が昔から大好きで、多くの音源を持っています
が、圧倒的に素晴らしいのは、やはりエルヴィスの歌う「ジェリ
コの戦い」です。
エルヴィスは、「The Battle of Jerico」と歌うところに「ア
ラウンド/around」を入れて、「The Battle around Jerico」と
いうように歌っています。
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Joshua fit the Battle around Jerico
Around Jerico,around Jerico
Joshua fit the Battle around Jerico
And the walls come tumbling down
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「アラウンド」を入れると、音に弾みがつき、ぐるぐる回る感
じが表現できる――前田絢子氏はこのように解説しています。エ
ルヴィスは、こういう点は実にこまかくチェックして工夫を加え
ているのです。そのため、現在「ジェリコの戦い」を歌う歌手は
ほとんどこのエルヴィス・バージョンを使うということです。こ
のエルヴィスの「ジェリコの戦い」――お聴きになっていない方
はぜひ聴いていただきたいと思います。
1977年8月15日のことです。17日からはメーン州ポー
トランドを皮切りにツァーが始まるので、エルヴィスはその準備
に追われグレイスランドの自宅であわただしく過ごしています。
夜の10時頃になって歯が痛くなり、歯医者に行って鎮痛剤を
もらって飲んだのです。エルヴィスは何か身体がおかしくなると
医師に薬をもらって飲むという習慣がついてしまっているので、
明らかに彼は薬物依存症に陥っていたと思われます。
夜中の12時過ぎに自宅に戻ったエルヴィスは、歯の痛みが治
まったので、ツアーで歌う予定の歌を何曲かピアノを伴奏に歌っ
て練習したのです。エルヴィスほどの歌手でも公演前はこうして
熱心に練習しているのです。
結局、ベットに入ったのは翌16日の午前8時頃なのですが、
寝ようとしても寝られなかったのです。仕方がないので、バスル
ームに入って本を読んでいたときに、エルヴィスは心臓発作に襲
われて倒れたのです。
救急車で病院に運ばれ、蘇生処置が行われたのですが、午後3
時30分に死亡が確認されたのです。解剖の結果、死因は「不整
脈による心不全」と判定されたのです。
しかし、遺体からは14種類の処方薬が検出され、とくに鎮痛
剤については通常の10倍近い量が測定されたのです。したがっ
て、エルヴィスの死因は「心不全」というよりも「薬物依存によ
るショック死」であると考えられるのです。
エルヴィスの主治医はニコポラスといい、エルヴィスは彼のこ
とを「ドクター・ニック」と呼び、家族ぐるみで親しく付き合っ
ていました。いわばニコポラスはエルヴィスの取り巻きの一人で
あり、ツァーなどにも同行していたスタッフなのです。
また、ニコポラスはメンフィスの開発事業の投機に手を出し、
失敗して大きな借金を抱え込んだのです。そのことを知ったエル
ヴィスはニコポラスに30万ドルという大金を、無利子、無期限
で提供していたといいます。
ニコポラスは、殺人的なツァーのラッシュで体の不調を訴える
エルヴィスに対して、死の直前7ヶ月の間に5600錠を超える
薬を処方していたのです。明らかにエルヴィスの急死の原因はこ
の薬物中毒にあるといえます。
ニコポラスは、エルヴィスに不適切な処方をした罪で訴えられ
テネシー州医療厚生委員会から医師免許の取り消し処分を受けた
のです。 ――[エルヴィス/33]
≪画像および関連情報≫
・エルヴィスの死/東理夫氏のサイトより
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死ぬ前の7年間にエルヴィスは1000回以上のコンサート
をおこなった。平均すれば1カ月に12回、3日に1回以上
で、リハーサルとツアーの移動日を考えると、寝るひまもな
いくらいであり、ワーカホリック状態だった。おそらく、過
労と食事に起因する糖尿病となんらかの薬物ショックのため
に(私の推測です)、エルヴィスは1977年8月16日、
42歳で死んだ。
http://www.soc.shukutoku.ac.jp/yokoyama/LIBRI/PRESLEY.HTML
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・「ジェリコの戦い」が聴けます!!
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次のURLをクリックし、表示されたサイトにディスプレイ
の画面が出るので、画面の中央の「→」キーをクリックする
と、合唱団による「ジェリコの戦い」が演奏されます。
http://www.worldfolksong.com/songbook/usa/spirituals/jericho.htm
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ジェリコ攻略